終演 ⑦

 燃え盛る森の中。その分かれ道にある大木。

 二組の思いが刻まれたその大木の下で、彼らは立ち尽くしていた。


「……ヒカル、クウ……」


 振り返り、僕らに気付いた二人は、驚きの表情を浮かべる。

 それを僕らは、対照的な静かさで見つめていた。


「……コウさん。どうやら、こっちじゃないようです」

「そのようだね」

「村が燃えたということは……設定から考えれば、二人はきっと墓地にいるんでしょう。だから、先に墓地へ行ってくれませんか。やっぱり……あの二人とは、僕たちだけで話したい。それが、いつものメンバーだから」

「……うん。私もそうしたい。ちゃんと、話したいよ……あの二人と」

「……分かった。任せたよ」


 コウさんは、目配せすると身を翻し、元来た道を引き返していく。

 ワタルもツバサも、それが突然だったので、止めることができなかった。

 いや、彼を追いかけるよりも、僕らと対峙する方が重要だと、思ったのだろう。


「……ワタル、ツバサちゃん。君たちは……全てを知ってる、関係者だったんだね」

「……全てって、何だ? 買収の話か? アレは本当に、昨日聞いたばっかりなんだぜ……? それより、早く逃げなきゃ危ないだろ? 一緒に村の外まで逃げよう!」

「もういいのよ、ワタル。そんなワタル、私は見たくない。そんな苦しそうに言い訳するワタルは……私が遊んでたワタルじゃないわ。全部……ウソだったの?」

「……」

「クウちゃん……やめて、あげて……。ワタルも……辛いんだよ……」


 ツバサちゃんは、ワタルのことを呼び捨てにした。それは、今まで演じていた役柄を放棄したことを告げていた。

 ワタルはまだ悩んでいたようだが、ツバサちゃんの方は、違う道を選ぶ方へと気持ちが傾いていたらしい。

 彼女の涙が、それを教えてくれる。


「……さっきの人は、一九八五年の鴇村で、死んだとされていた、青野光さん。つまり、僕のオリジナルなんだ。その人から、僕らはこの島のことや、それに関わる人たちのことを、色々と知らされた。だから……もう隠そうとしても、意味はないよ。……二人は、ワタルさんとツバサさんの、子どもなんだね」

「……っ」


 最後の言葉は、予想でしかなかった。しかし、どうやらそれで正解だったようだ。

 二人がゲンキさん、カエデさんに良く似ていることと、この計画に協力しているという二つの事実から、それは予想できたことだった。


「……どうして二人はずっと、こんなことを続けてきたの? こんなになるまで、続けてきたの? ねえ、聞かせてよ……」

「……そんなの、決まってるよ。お父さんとお母さんのために、決まってる……」

「……俺たち家族のかたちを、取り戻すために。俺たちは……今日まで、やってきたんだ、赤井渡を。真白翼を。……今日まで! こうして必死に、生きてきたんだよ……」


 自分自身に言い聞かせるように、ワタルは下を向きながら叫んだ。


「……それは、ワタルにとって。……偽りの日々だった? 最後には消えてもいい、そんな日々だった?」

「……っ」


 僕の問いかけに、ワタルは唇を噛む。


「みんな、みんな死んじゃうかもしれなかったんだよ? この島ごと、全部なくなっちゃうかもしれなかったんだよ? それに……あの人たちだって、生きる気があるのかすら分からないじゃない……!」

「お父さんには、その目的がただ一つの望みなんだよ。その望みを、私たちは、どうしても叶えてあげたかったんだよ! だから……だから我慢してきたんだよ!」


 ツバサちゃんは泣きながら、自らの思いを吐露する。

 そして、訴えるような眼差しで、僕らを見つめてくる。


「私たちは……最後の最後まで、信じたかったんだよ……」

「ツバサちゃん……」


 一人の記憶のために、あまりにも多くの人たちを巻き込んで。

 それを非道と詰ることもできるけれど。彼らにとって、それはどうしても、成し遂げたいことだったのだ。

 彼らもまた、諦めることができない思いがあった。そのために、今日まで演じて、いや、戦ってきたのだ。

 己の中の迷いと、必死に。


「……ワタル、ツバサちゃん。僕らは……あの人たちを、止めに行く。君たちは……そんな僕らを、止めたいのかな。あの人たちの望み通りにさせて……記憶さえ取り戻せれば、それで? 僕は……僕はそんなの、駄目だと思う。彼らの苦しみなんて、もちろん当事者じゃないから分からない。無責任な言葉かもしれない。でも……そんなのって、駄目だと思うんだよ」

「そうよ。愛した人がそんなことになるなんて、想像もできないくらい辛いんだろうけど。きっと、こんなのじゃ誰も幸せになんてなれない。第一、こんなの絶対死ぬ気だよ! 記憶が戻りさえすれば、もう他にはいらないっていうの? そんなの、私も駄目だって、思うよ……」


 僕の訴えに、クウもまた言葉を重ねる。こんな方法で幸せになんてなれないのだと、訴えかける。

 そんな僕らの言葉に、ワタルもツバサちゃんも、口を閉ざして泣き出しそうな顔になった。


「……ワタル、ツバサ。行ってくるから。私たちは必ず、あの人たちを止めて……この火の中から、引き摺り出してくるんだからね」


 クウはそう、宣言する。二人はまだ、何も言い返せずに、ただ揺れる瞳で、クウを見つめている。


「……お墓のところに、あの人たちはいるんだね? 二十八年前の、最後のように」


 僕が問うと、無言のまま、ツバサちゃんの方が首を縦に動かす。肯定の印だ。

 それだけを聞き出すと、僕らはもう何も言わず、来た道を引き返しはじめた。森の奥にある、墓場へ向けて。

 その背後で、二人はずっと、立ち尽くしていた。

 その心の中で、きっと激しい戦いを繰り広げながら。

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