終焉 ③

 ふもとの村の道を歩き始めてすぐ。

 俺の眼前に、一人の男が姿を現した。

 どうやら、その身なりからして、佐渡コンツェルンの人間らしい。

 サングラスに黒スーツという、黒ずくめの姿だったので、薄気味悪さを感じながらも、俺はゆっくり近づいていく。


「……どうも、はじめまして。あなたは……?」

「はじめまして。赤井渡様ですね。佐渡副社長よりお話は伺っております。ふもとの村までご案内するようにと言われておりますので、どうぞついてきてください」

「わ、分かりました」


 黒服の男は、俺がここへ来るのをずっと待っていたらしい。俺が了解の意思表示をすると、くるりと背中を向け、ふもとの村へと歩き始めた。その足取りが、中々速かったので、俺は慌てて彼についていく。

 ……大企業なら、車くらい用意していないのだろうかと、そんな疑問を抱きながらも。

 歩き始めて二時間ちかく経って。

 森を抜け、ふもとの村が下の方に見え始める。

 道や田畑も綺麗に整備されていて、鴇村との違いを実感させられた。

 やはり鴇村は、時代に取り残された村だったといえるだろう。

 そんなことを思っていると、


「それでは、私はこのあたりで失礼させていただきます」

「え? 宿があるところまで来てくれるんじゃ?」

「申し訳ございません。私も多忙な身でございまして。宿の場所はお教えいたしますので、あとはワタル様お一人で向かわれてくださいませ」

「はあ……」

「こちらが宿泊代です。十分に足りるでしょう」


 そう言って、黒服の男は俺に何枚かの紙幣を手渡す。

 それを見てみると……なんと、一万円札が三枚、つまり三万円が手渡されていた。


「あの、これ……」

「当座の資金とお考えください。すぐに迎えには来ますがね。万一のことがあった場合、です」

「……あ、ありがとうございます」

「それでは、私はこれで」


 黒服の男は、軽く頭を下げると、すたすたと歩き去ってしまった。

 それも、ふもとの村の方角ではなく、何もない雑木林の方へ。


「……どこへ行くんだろう。……まあ、いいか」


 高級車が目立つから、人目につかない場所に置いてあるのかもしれない。それくらいに考えて、俺は貰ったお金を握りしめながら、村の宿へと向かった。

 村の宿は、ヒカルの家並みかそれ以上の大きさがあって驚かされた。近くに建っている民家も、ほとんどが鴇村の地主の家と同じレベルの大きさだった。

 とにかく俺は、入り口らしきところから宿の中に入ってみる。

 中に入ると、年配の女性が受付をしていた。にこやかな笑顔で、俺に挨拶をしてきたので、俺も挨拶を返す。


「すいません。部屋を借りたいんですけど」


 こう言えばいいのかな、と考えつつ、俺は受付の女性に話しかける。

 こんなことをするのは初めてなのだ。何一つ分からなくとも仕方ない。


「おや、お泊りですか? 失礼ですけど、親御さんが一緒ではなくて?」

「は、はあ。お……僕だけです」

「まだ中学生くらいに見えるけれど……本当に、一人で?」

「ええ、本当に……」


 そりゃあ、子ども一人で宿をとるなんていうのは、怪しまれるだろうな。いくら俺でも、それくらいは分かる。

 しかし、この宿屋にもカズヒトさんから話が通っていたりとか、しないのだろうか。……してないようだから、仕方ないが。

 受付の人に提示された金額に、一万円札を差し出すと、彼女は目を丸くしたが、なにか事情があるのだと察してくれたのか、何も言わずに部屋を案内してくれた。

 俺はお礼の言葉を述べて、教えられた部屋に向かった。

 部屋に入ると、俺はすぐに荷物を降ろす。最低限の物しか入れてはいないが、やはり二時間の道のりを背負ってきたのはきつかった。

 壁に掛けられた時計を見ると、もう正午を過ぎている。この宿屋では昼食は出ないそうなので、もし食べるなら、どこか外で食事処を探すしかなさそうだ。


「……はー……」


 畳の上に寝転がる。い草の香りはどこでも同じだ。自分の部屋を思い出して、懐かしくなる。

 ……まだ、家を出て数時間しか経っていないのだけれど。

 寝転がると、途端に疲れが押し寄せてきた。色々考えたいことはあったけれど、それらは全て、眠気に押しやられてしまう。

 昼食も別にいいか、と思えてきて、俺は畳の上で大の字になったまま、しばらくの間浅い眠りについたのだった。





 ……夢の中で。

 俺は何か大切なものを喪って、泣いていた。

 それが何かも分からないままに、ただ悲しくて。

 一人で赤い空を見上げ、涙を流し続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る