2.ミレイの過去と、疑惑。
果たして、普段は目立たない俺の熱弁によって、我がクラスの出し物は『メイド喫茶』となった。主に女子から反発があったが、ねじ伏せることに成功。ミレイからの賛成を得られていたことが、最終的な決定の鍵になったりもした。
いまやクラスの――学校の人気者である彼女の言葉だ。
さすがだ、と。その一言に尽きた。
「でも、諸々の準備は坂上がやりなさいよ~?」
「分かってるっての」
女子生徒からのそんな声に、俺は逆ギレしつつ答える。
準備の指揮を執ることになるというのは、ある程度は覚悟していた。だから特別に嫌というわけでもなく、淡々と物事を前に進めていく。
幸いに男子生徒は協力的だったため、どんどんと仕事は終わっていった。
だが、時には問題も発生するわけで……。
「なぁ、肝心のメイド服はどうするんだ?」
「あぁ、それか。学校の方針で、外注するのは禁止だったな……」
田中が問題提起をして、俺は考え込んだ。
裁縫が得意な男子はもちろん少ない。だとすれば女子に、となるが……。
「あ、あの! 私にやらせていただけませんか?」
そう思っていたら、ミレイが手を挙げた。
少しだけ緊張した様子で、しかしどこか嬉しそうに。
「いいけど、ミレイは裁縫とか得意なのか?」
「はい! コスプレの衣装は、ほとんどが自作でしたので!」
――あ、そうだった。
ミレイも大概にヲタなのだった。
それなら、きっと問題なく作れるだろう。
しかし人手は多いに越したことはない、ということで……。
「女子に頭を下げてくるか……」
俺はそう言って、サボりまくってる女子のもとへと行こうとした。
だがそれを止めたのは、ミレイ。
「私がお願いしてきます!」
「え、でも……。結構、骨が折れると思うぞ?」
「大丈夫ですよ。だって――」
彼女は笑顔を浮かべて、こう言った。
「せっかくのお祭りなんですもん! みんなの思い出になった方が嬉しいです!」
無邪気に、それこそ子供のように。
そこにあったのは、今まで得られなかった時間を享受することに、心の底から歓喜している少女の姿。その背中を見送りながら、俺は自然と笑みをこぼしていた。
その時だ。
「ミレイお嬢様も、ずいぶんと前向きになられたのね」
「…………なんでいるのさ」
ダースが出没した。
たしかに今は放課後ではあるものの、関係者以外は入れないはず。
俺は苦笑いを浮かべながら見ていたが、彼はなんてことはない、といった風にウインクをしながらこう言った。
「大丈夫よ。ここまで誰にも見つからないよう、スニーキングしてきたから!」
「それって、ただの不法侵入じゃねぇかよ!?」
サムズアップするダース。
俺はほぼほぼノータイムでツッコんだ。
クラスメイトは何事かと、少しだけ俺たちを見たがすぐ作業に戻る。お前らいいのか、明らかに怪しい人間が1人、ここにいるぞ……?
「なーんてね? ちゃんと警備員のオジサマに声をかけてきたわよ。ミレイお嬢様に差し入れがしたいのですけれど、ってね」
「いや。それはそれで、簡単に通すのはどうなのさ。我が校よ……」
先日の体育祭で不審者騒ぎがあったのに、だ。
結果的に死者は出なかったが、警戒をするべきだと思うのだが。なんだったら、担任伝手にでも校長にアプローチをかけた方が良いのかもしれない。
俺は学園祭準備とはまったく関係ないことで、頭を抱えるのだった。
そんな様子を見て、ダースはくすりと笑む。
「ミコトちゃんのお陰、かしらね」
「え……?」
そして、そんなことを言うので俺は首を傾げた。
彼はミレイを見ながら、目を細めて言う。
「ミレイお嬢様は色々な国で、命を狙われ続けてきたの。だから、天真爛漫だった性格も、次第に暗く大人しくなっていった」
「………………」
「頼る人が私とアレンしかいない、というのも辛かったのでしょうね。精神的に追い詰められていくのが、目で見て分かるほどだったのよ」
「……そう、だったのか」
俺はふっと息をついて、最初の頃のミレイを思い出した。
たしかに、どこかよそよそしくて、今よりもかなり大人しかったように思われる。初めてデートをした時も、笑い方がぎこちなく、遠慮がちだった。
それもこれも、過酷を極める生い立ちゆえだったのか。
今さらながらに、胸が締め付けられた。
「でも、それもミコトちゃんと関わるうちに解けていったわ。帰ってくると決まって話すのは貴方と、学校でどんな会話をしたのか、ということばかり」
「え、マジか……!?」
「貴方ずいぶんと、うちのお嬢様にアプローチをかけてるそうね?」
「……………………」
ダースの微笑みに、背筋が凍った。
不明瞭な返答で濁すか、黙ることしかできない。
ちょっと待ってねミレイさん。保護者に話すって、小学生ですか……!
「まぁ、ミコトちゃんにお願いしてるのは私たちだから。それくらいは役得だと思ってくれていいわよ? ――アレンは、どう思ってるか知らないけど」
「はい。以後、気をつけますね」
帰り道で、これからは背後に気をつけよう。
本気でそう思った。
「あぁ、それじゃ。私はそろそろお暇するわね? これ、お嬢様に……」
「そうだ、ちょっと時間あるか? ダース」
「……? なにかしら」
と、そこで帰ろうとした彼に訊ねる。
首を傾げる相手に、俺は自分たちにしか聞こえない声量でこう伝えた。
「少し、話がある」
◆◇◆
体育館の裏は、本当に人気がない。
秘密の会話をするには、もってこいの場所だった。
「それで、話って? まさか、本命は私だ――」
「安心してくれ。それだけは、絶対に、なにがあってもあり得ない」
冗談を口にするダースに、冷めたツッコみを入れる。
しかし、お遊びはここまでだ。
「なぁ、ダース? 正直に答えてくれ」
俺は呼吸を整えつつ、静かにこう訊ねた。
「『裏切り者』は、お前で間違いないよな」――と。
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