6.アカネの受難。






「――金庫は、この先ですわ」

「そっか。ところで、鍵はどうなってる?」

「普段なら閉まっていますけど、こればかりは行ってみないと……」


 俺たちは地下への階段を下りながら、小声でそう情報を共有する。

 先ほど倒した男たちからは情報を引き出せなかった。その代りといっては何だが、アカネがどこからか取り出した縄で縛る時に、武器をごっそりと奪った。

 ナイフに拳銃、そして驚いたのは手榴弾まであったこと。

 誤爆しないように気をつけながら持ち歩く。


「やっぱり、ここにもいるか。そりゃそうだよな……」


 音を殺すようにして進むこと10分弱。

 金庫があるという地下に辿り着くと、そこには先ほどと同様に黒服がいた。

 それでも、部屋が狭いこともあってか人数は2人。しかし今までと異なるのは、その男たちの体格だった。一目見て、近接戦では勝てないと分かる。

 もしかしたら、防弾仕様の何かしらを身に着けているかもしれなかった。


 そう考えると無策に突っ込むのは、あまりに下策といえるだろう。

 だとしたらどうするか。俺はふとアカネを見た。

 そして……。



「――――あ」



 ある秘策を、思いついた。



◆◇◆



「いや、まさか上手くいくとは思わなかったな」

「………………」

「それにしても、騙されやすい相手で良かった」

「………………」

「アカネもありがとうな。良い反応だったな!」

「………………」

「んー? アカネさん? どうしましたかー?」


 作業をしながら、俺は無言のアカネに問いかけた。

 すると彼女は小刻みに震えながら、涙目になって――。




「…………どうしましたか――じゃ、ありませんわよ!?」




 そう、叫んだ。

 地下室の中に響き渡る甲高い声。

 耳にキーンとくるそれに、俺は思わず身を縮めた。


「ど、どうしたんだよ。なにを怒ってるんだ……!?」

「怒るに決まっているでしょう!? なんの相談もなしに、あんなこと!!」


 そして目を白黒させながら訊ねると、そんなリアクション。

 どうやらマジで怒っていらっしゃる様子だった。


「いや、たしかに相談なしでやったのは悪かった! でも――」

「分かってますわよ! 本気だと思わせないと、意味ないですものね!?」


 がーっと、捲し立てるように。

 アカネはその綺麗な顔を般若のように歪めながら、詰め寄ってきた。どうやら『アレ』が最善の手だと理解しながらも、本気で怖かったらしい。


 まぁ、たしかに――。



「予告なし、人質作戦――ってのは、刺激が強かったか」







 俺はアカネの側頭部に銃を突き付けながら、男たちの前に立っていた。

 引き金に指をかけて、相手が少しでも動けば彼女を殺せる、そんな状態で。それを見た男たちは明らかに動揺していた。しかし、どこかまだ余裕もあるようにも見えた。その理由がなにかは、俺にも分かっている。


 なので――。




「ここまで、ありがとうな。アカネ」




 そっと、彼女の耳元でそう囁いた。

 すると今までキョトンとしていたアカネさん。

 一気に青ざめて、警備の男たちに向かって声を荒らげた。




「お前たち、今すぐここから立ち去りなさい!? わたくし、ここで死にたくはありませんわ!! ――死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!?」




 それは真に迫った演技――ではなく。

 心の底からの、生への執着というやつだった。





 そんなこんなで、今に至るというわけで。

 アカネはげっそりとし、大きく肩を落としながらこう言った。


「冗談ではなく、寿命が10年は縮みましたわ……」

「あぁ、それは大丈夫。縮みようがないから」

「どういう意味ですの……」


 俺の切り返しに半眼で睨んでくる彼女。

 そんな視線を無視して作業を進めること、さらに数分ほど。まるで部屋の入口のようで、されど重厚な造りがされた金庫の扉に、手榴弾のセットが終了した。


「あとは、起爆するだけ――と」

「貴方、本当に肝が据わってますのね」


 俺が一つの手榴弾を手に額の汗を拭うと、アカネが疲れた声で言った。

 肝が据わってる、と言われても首を傾げるしかない。俺はあくまで、ミレイのことを救いたい一心で動いているだけだったから。


「そんなことどうでも良いから、離れよう。そうしないと、本当に死ぬぞ?」

「断 固 拒 否 致 し ま す わ !!」


 てなわけで、移動である。

 そして階段の中ほどから、俺は起動した手榴弾を一つ放り込んだ。




 すると、数秒の間を置いてから――。




「うおおおおっ!? 思ったよりもやべぇ!!」

「死にたくない死にたくない死にたくない!!」




 轟音が鳴り響いた。

 御堂邸全体が揺れたのではないかと錯覚する。

 それほどの衝撃だった。だが、どうやら上手くいったらしい。


「開いてる、な。よし行こう」


 金庫には、大きな穴が開いていた。

 俺は自分の寿命を確認して、慎重にその中へと足を踏み入れる。



 果たして、中にいたのは……。



「……ミコト、くん?」

「ミレイ! それに、アレン……!」



 寿命の短い、最愛の少女。

 そして、血まみれで意識を失ったアレンだった。



 

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