白き死神のGディバイド

河原 机宏

第1話 フロンティア・エイジ221年

 真空の空間に、構造物が1つただよっている。

 広大な宇宙空間にとって、それは砂粒にも満たない小さな物であったが、近づいて見ればそれは全長千五百メートルの巨大な艦であり、左右には一基ずつ小さな工場のような箇所が存在していた。


 その艦――ドック艦<ナイチンゲール>のカタパルトデッキには、人型のロボット一機がたたずんでいる。

 十五メートル程の大きさのそれは、〝オービタルトルーパー〟と言われる戦闘用の機動兵器であった。

 白を基調としたその機体には、人間の目を思わせるようなデュアルアイが光を放ちメインカメラとしての機能を持っていた。

 メインカメラや各部のサブカメラを通して得られた外部情報はデジタル処理され、コックピットに映し出されることで、パイロットに周囲の状況を伝えている。


 今はカタパルトデッキの無機質な壁がコックピットの両側に映し出され、殺風景な雰囲気を搭乗者に与えていた。

 そのパイロットは黒いパイロットスーツを身に纏い、出撃前のシステムチェックを行っていた。

 その時、モニターの回線が開き<ナイチンゲール>艦長のトマス・ヒリングが現在の敵艦隊の情報を伝えてきた。


『アルマ少尉、先程偵察隊から連絡があった。敵の艦隊に動きがあったそうだ。おそらく<エンフィールド>と<スプリング>の両艦に攻撃を仕掛けるつもりだろう。……準備はいいかね?』


「はい、こちらは問題ありません。いつでも出撃できます」


 アルマ少尉と呼ばれた青年ユウ・アルマは、システムチェックを終えると、トマスに返答した。

 その瞬間、モニターに別の回線が開き、若い女性が映し出される。彼女はレナ・メドス、現在ユウが搭乗している機体の設計者である。

 若干十八歳にも関わらず、ユウ達が所属する軍事組織『シルエット』のオービタルトルーパー開発部の責任者の一人である。

 彼女はそれなりの立場にあるのだが、自身の設計した機体に乗るユウとは親しく砕けた感じで話す仲だ。


『ユウ、体調は大丈夫?』


「ああ、大丈夫だ。問題ないよ」


 対するユウも彼女に自然な感じで返答する。すると、彼女の回線のウィンドウに四十代程の男性が割り込んできた。


『アルマ少尉、本来なら君は、まだ戦闘が出来るような身体ではない。それはちゃんと肝に銘じておくように……いいね? 鎮痛剤が効いている間、痛みは緩和されているが傷が治ったわけではない。言っても無駄かもしれないが、無茶はしないように。……戦闘が終わったら、速やかに医務室に戻って来なさい』


 その男性――<ナイチンゲール>の軍医ジョン・マッカランは、少し怒っているような表情だ。

 それもそのはず、ユウは先の戦いで全身打撲に頭部裂傷エトセトラという重傷を負っていたのだ。

 つい二日前までは、一週間ベッド上で意識不明の状態であった。


 そんな人間が、医師の言う事を聞かず、孤立無援になっている味方艦の救援のために出撃するというのだ。

 職業上、そんな無謀な行動を許すわけにはいかなかったが、本人の意志は固くその気持ちが変わることはなかった。

 そのため結局は自分が折れる立場になったのだ。

 そして可能な限りの助力としてユウに鎮痛剤を投与したのだが、彼の行動に納得がいった訳ではない。


「すみません、マッカラン先生。俺はどうしても<エンフィールド>と<スプリング>の皆を助けに行きたいんです。このまま自分が生き延びても、皆が死んだら俺は一生自分を許せない。だから……」


 ユウの意志の強さを再確認したマッカラン医師は再び戦闘後の注意事項を伝えると、観念したような表情になる。

 その時、<ナイチンゲール>艦内に警報が鳴り響いた。立て続けに、オペレーターによる『総員第一種戦闘配置』のコールが行きわたる。

 すると、再び艦長であるトマスの回線が開かれた。


『アルマ少尉、聞いての通りだ。『アマルテア』の主力艦が動いた。我々の推測通りに廃棄コロニーに避難していた<エンフィールド>と<スプリング>を標的にしていると思われる。出撃のタイミングは今しかない』


「了解。それでは本機は出撃します」


『……分かった。死ぬんじゃないぞ。我々も道中の敵を殲滅して君の後を追う』


「はい。俺も皆を助けるまでは死ぬつもりはありませんから。……ヒリング艦長、ありがとうございました」


 ユウ機の最終確認が完了すると<ナイチンゲール>のカタパルトの照明が灯り、ブリッジのオペレーターから発信準備よしの報告が入る。

 ユウは、一度深呼吸をすると操縦桿そうじゅうかんを握り直し、カタパルトの先にある宇宙空間を見つめる。


(皆……今行く……待っててくれ)


「ユウ・アルマ、<スペリオルGディバイド>――行きます!」


 カタパルトから射出された白い機体……<スペリオル>は、背部のメインスラスターを全開にし、<エンフィールド>のいる宙域を目指して加速していく。

 そのスピードは規格外であり、広域を見渡せる<ナイチンゲール>のレーダー範囲から間もなく消えていった。

 <スペリオル>のコックピットの片隅には木星が映し出されており、ユウはその惑星の姿を横目に見ると、視線を再び前方に戻す。

 

 <ナイチンゲール>から発進して一時間程過ぎた頃、<スペリオル>のレーダーに反応が見られた。

 位置から見て、<エンフィールド>を包囲している敵艦隊の反応。そのうち、三つのオービタルトルーパーの熱源が近づいてくる。


「見た事のない機体だが<セルフィー>に何となく似てるな……じゃあ、あれが例の量産機なのか?」


 敵機の姿がモニターに映し出されると、ユウはその外見から『シルエット』に配備予定であった新型量産機の件を思い出す。

 もっとも、先日『シルエット』内で起きたクーデターにより組織は滅茶苦茶になってしまった。

 そしてクーデターを起こした者たちによる新たな組織『アマルテア』が目の前に立ちはだかっているのだ。


 そうこうしているうちに、敵との距離が縮まっていく。

 既に<スペリオル>は攻撃範囲に敵機を収めていたが、攻撃は行わずやり過ごそうと考えていた。

 

(今は時間が惜しい。雑魚に構っている暇はない……けど、それを向こうが許してくれるかどうか……)


 その時だった。前方の三機がいきなり攻撃してきたのである。

 携帯装備であるライフルから放たれた、ターミナスエナジーを圧縮したビームが三方向から純白の機体を襲う。


「何の勧告もなしに撃ってくるのか……滅茶苦茶だな」


 そうつぶやくと、ユウは特に慌てることもなく機体の速度はそのままに回避行動を行う。

 最小限の動きで攻撃を躱しながら、<スペリオル>は瞬時にライフルの銃口を敵に向けて放つ。

 そのビームは正確に敵機に直撃すると、機体表面に展開されている防御層――ターミナスレイヤーをたやすく撃ち抜き、コックピットを一瞬で溶かす。

 機体腹部へのダメージで、その体躯は上半身と下半身に分かれ、両方とも間もなく爆散した。


『なっ……一撃だと!? なんて威力だ!』


『それに、あれは……白い機体だ……まさか〝白い死神〟じゃないのか?』


『何を馬鹿な事を言っている。奴はこの間の『地球連合軍』との戦いで破壊されたはずだろ!?』


 『アマルテア』所属機のパイロット達は、<スペリオル>の性能に驚きと恐怖を感じていた。

 更にその機体色が純白である事から、以前『地球軍』を相手に八面六臂はちめんろっぴの活躍をした機体〝白い死神〟を彷彿とさせ恐怖をあおる。

 なぜなら、〝白い死神〟は敵対する存在をことごとく完全にほふってきたからである。その機体と戦って生き残った者は数少ない。


 かつては味方であった死神がクーデターを起こした自分達の前に敵として現れた事で〝死〟というものを実感させる。

 狼狽ろうばいし、動きが鈍った二機に再び閃光が走る。

 <スペリオル>のライフルから放たれた、高出力のターミナスエナジーのビームが、死神の鎌の如く命を刈り取ろうと襲ってきたのだ。

 一機はぎりぎりでコックピットへの直撃を避け、機体の右足を吹き飛ばされる程度で済んだが、もう一機は先程と同様にコックピットを撃ち抜かれて爆発した。


(本気だ……あいつは、かつての味方であろうと関係なしに本気で殺しにきてる。このままじゃ、俺も殺される!)


『うあ……うわああああああああああああああ!!』


 恐怖の叫びを上げながら白い機体から距離を取る『アマルテア』機は、敵に無防備な後ろ姿を晒しながら、全速で母艦への帰還を目指して逃げていく。

 そんな戦意を失った敵には興味はないとばかりに、<スペリオル>は軌道を変えることなくまっすぐに飛び去って行く。


「行った……奴は行ったのか? た、助かった……」


 クーデター機のパイロットは、白い機体が宙域から離れていくのをレーダーで確認すると、自分は見逃してもらえたのだと安心していた。

 だが次の瞬間、攻撃接近を知らせるアラートが鳴り響き、確認しようとした瞬間、その機体は後ろから襲ってきた二発のビームに立て続けに撃ち抜かれたのであった。


「敵は必ず落とす……それが〝白い死神〟のやり方だ。相手がかつての味方であってもな……」


 ユウは三機目の機体の爆発を確認すると、視線を前方に戻しスラスターの出力を最大に上げて宙域を飛び去った。――この一連のやり取りは、時間にしてほんの数秒の出来事であった。

 〝敵は確実に撃墜する〟というスタンスを貫いているユウは、その徹底した戦闘スタイルにより敵味方から〝死神〟と呼ばれるようになった。

 その際、搭乗していたのが白い機体であったため、その機体<Gディバイド>は『地球軍』から〝白い死神〟と呼ばれ恐れられるようになったのだ。


 現在搭乗している<スペリオル>は、その<Gディバイド>の後継機として開発された機体だ。

 ユウ専用の機体として調整が成されており、彼にとって非常に扱いやすい機体となっている。

 だが、その常軌を逸した高機動性ゆえに、他の人間が乗れば性能を引き出すどころか、まともに操縦することも出来ない――そんな代物であった。


 廃棄コロニー付近に到達すると、前方で大きな爆発がモニターに表示された。

 規模から考えてオービタルトルーパークラスの物ではなく、もっと巨大な動力炉の爆発だ。


「まさか<エンフィールド>がやられたのか!?」


 一瞬帰るべき母艦が落とされたと思ったユウであったが、<エンフィールド>はまだ沈んではいないと信じて進む。

 どのみち母艦が落とされたとして、それを実行した連中を生かして帰すわけにはいかないと考えたからだ。

 そして、間もなくユウは安堵する。モニターに<エンフィールド>の姿が表示されたのだ。


 まだ、墜とされていない。ブリッジも無事だ。だが、事態は深刻だった。

 艦のいたる所から煙が出ているのが確認できる。それに、第一エンジンたる右側のメインスラスター部がごっそり消失しているのだ。


「さっきの爆発は、第一エンジンの爆発だったのか! まずい、あの状態じゃまともな回避行動を取れないはずだ!」


 それに加えて、<エンフィールド>の豊富な武装は、そのことごとくが破壊され、無残な傷痕を晒している。迎撃機能もダウンしている可能性が高かった。

 そんなユウの不安を実証するかのように、母艦である白い艦の周囲に先程撃墜した物と同じ機体が五機確認できる。

 普段であれば、敵がそこまで近づく前に強力な武装で追い払っているはずだ。

 それが出来ないという事は、やはり迎撃システムが死んでいるという証明に他ならなかった。


 既に敵機は、<エンフィールド>を攻撃範囲に収めている。確認できる味方機も母艦同様に包囲されて身動きが取れない。

 巡洋艦<スプリング>と所属の『アルタイル小隊』と『ベガ小隊』も襲い掛かる敵機の群れをさばくのに手一杯の状況だ。


 この状況を打開できるのは自分しかいないと思い、スラスターを全開にして接近するも、この位置からでは間に合わない。


 絶望感が自分の心を侵食しようとする中、モニターに『ウィルオーウィスプ使用可能』の表示が表れた。

 それを目にした瞬間、ユウは機体背部の四基のウイング部にそれぞれ搭載された新型兵器〝ウィルオーウィスプ〟を射出した。

 無人兵器である〝羽の形状をしたそれ〟は、有人兵器であるオービタルトルーパーを凌駕するスピードで<エンフィールド>に向かって宇宙を翔けて行く。


「間に合えーーーーーーーーーーーーー!!」


 ――そしてユウの叫びはコックピット内に木霊した。




 人類が宇宙に進出し、時代が西暦からフロンティア・エイジへと変わり二百二十一年。木星圏は未だ混乱の渦中にあった。

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