第147話 静かなるパンフレット事件。

さて、2024の7月。

間もなく夏休みを迎えようとする早苗実業学校では、ある事件が勃発していた。

それが何かといえば、早苗実業学校の高等部用パンフレット…学校案内である。

例年、翌年の受験生向けに3月頃には制作が開始され、

6月の中頃から希望者に有償で配布される。

8月以降、学校の休み中に行われる学校見学会…オープンキャンパスもあるので、

それまでには希望者に一通り行き渡る様に準備するのだ。


ところが…である。

今年は何故か学校のパンフレットの申し込み数が異常に多く、

例年なら受験シーズンまで一定部数が余るはずのパンフレットが、

まだ7月になったばかりというのに、完全に売り切れてしまった。

学校側は急遽増刷する事にし、5,000部を追加印刷したものの、

7月末を待たずに完売。

この学校の高等部の受験生は、例年2,000人を超える程度だから、

多めに見積もっても5,000部もあれば余裕が出るはずなのだが、

今年は7月末までに1万部を完売という、異例の事態になっていた。


「多少予想していたとは言え、これ程とは…!」

早苗実業学校教務部の児玉源太郎は頭を抱えていた。


パンフレットには例年、学生生活の紹介という事で、

クラブ活動の写真などが載せられるが、今年はより華やかにしたいという想いから、

如月姉妹、それにリーリャを全面に押し出した…。

特に女子剣道部主将で関東大会で大活躍の如月天音…、その双子の姉の雪音、

この2人と一緒に微笑むリーリャの可愛らしい制服写真を見開きで載せたのである。

更に授業風景の写真では、優しそうな鈴音先生やクレオパトラまで写っている。

これが評判を呼び、直接受験とは関係のない、マニアな層が買い込んだのだ。

その上、8月に行われた全国高等学校剣道大会で早苗実業学校女子剣道部が優勝、

主将の如月天音は、全国中継のTV放送で注目を浴びる事になった。

小柄な絶世の美少女が、その小さく華奢な体格をものともせず、

大柄な佐々木累に向かって華麗な技を繰り出し、一本を取るシーンは

何度も繰り返しニュースで報道された。この宣伝効果か、

パンフレットの注文はさらに増え、8月には5万部を超える注文が入った。

注文そのものは学校のHPや、街中の本屋で普通に出来るし、

そもそも受験生以外が購入してはいけないという類のものではないから、

注文を断るというのも変な話であった。とにかく受けたものは仕方がないし、

私立学校は営利法人でもあるので、学校側としてはその増刷に全力を傾けた。


【2024年話題のあの娘…早苗実業学校高等部3年、女子剣道部主将、如月天音】

【早苗実業学校高等部の美人教師と美少女生徒達】

その内、受験雑誌や一部の週刊誌が特集で取り上げ始めた。

いつどこで撮られたかもわからない様な剣道着姿の天音の写真が出回り、

更に姉の雪音と天音のツーショットの巫女姿の写真まで出回る…

これは元々その年のお正月、近くの氷川神社の祭礼の巫女様役として、

雪音と天音に声が掛かかり、その時誰かに写された写真が

何処から出回ったのである。

SNSを通じたその出回りの速度はあっという間の事だった。


影響はそれだけに留まらなかった。

雪音も天音もリーリャも今年3年生で、来年には早苗実業大学に進学する。

つまり早苗実業大学に入学すれば、彼女達に会う事が可能だと言う事だ。

元々全国から大勢の志願者が集まる早苗実業大学だが、

その年の志願者動向が前年に比べて+70%という、

ありえない数字になったのである。


「いや~小玉源太郎先生、学校としては嬉しい悲鳴ですなぁ~…。」


周りの教師からの冷やかしに彼は頭を抱えていた。


「パンフレットの人気が出るのは、

学校の宣伝という意味から言えば悪いことではない、

しかし本校受験と直接関わりのない者が多数を買い占める事態というのは、

生徒の安全を考えると、あまり好ましい事ではない…。どうしたものか?」


もっとも、これで特に変なストーカーが現れるとか、

そういう事態には結局ならなかったし、

(実際には八百比丘尼の警護を担当する陸上自衛隊の特選軍の隊員が、

内密に警備をしていた為である。八百比丘尼もそうだが、リーリャに何かあれば

国際問題になる)、何より当の本人たちが全く気にしていない…というか、

如月姉妹やリーリャはSNSに関心がなく、その情報に無知と言うのが本当だった。

元々彼女たちは自分達の事を対外的にPRする気は更々なかったし

(それが危険という事は鈴音から教育されていた)、

学校のパンフレットに関しても、学校側から頼まれたから応じたに過ぎず、

その売れ行きの事など全く知らなかった。


変化があったとすると、街中を歩いていると、以前に比べてやたら視線を感じる事、

校内の見知らぬ生徒にサインやらツーショットを求められるのが

増えたという事だったが、3人ともそれは天音が剣道の大会で優勝し、

それが影響しているのだろうと思っていた。

それはそれでお目出たい事…ではないか。


陸上自衛隊の内部では、この様な警備に国費を使うのは

税金の無駄使いであるとして、苦言を呈する者がいなかった訳ではない。

しかし、その意見は取り上げられなかった。

この時の陸上自衛隊のトップ、それに防衛大臣…

このふたりがいずれも早苗実業学校~早苗実業大学の卒業生であった事に加え、

ふたりとも如月姉妹とリーリャの大ファンだったからである。


ちなみに如月鈴音が教師として就任した事もあって、その後の早苗実業学校には、

八百比丘尼の村から定期的に新入生の美少女が入る様になった。結果として

都内でも有数の美少女偏差値の高さを維持した早苗実業学校、及び大学は、

それまでライバルであった慶洋義塾大学及びその系列校に

偏差値で大きく差を付け、日本のトップ私立校になって行く事になる。

まあ、それはそれでまた別の話なのであるが。


「うむ!雪音姉様の作ったシュークリームはやはり絶品じゃ!」

「本当にオイシイです。これが奇跡というモノデス!」

そんな事が起こっているとは露知らぬ天音とリーリャは、

自宅のソファーに腰掛け、雪音の作ったシュークリームを頬張っていた。

日本は今日も平和である…。

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