第22話 夏の天の川…その①

2022年も8月に入った。

早苗実業の校舎は夏休みでも部活に関しては開放されていて、

それは運動部も文科系のクラブも変らない。

軽音部は専用の部室が確保されているので、

事前に予約すると練習可能。スタジオ代が掛からないので、

財布にやさしいグッドな学校だ。

俺たちは2年生の先輩、小督祥子(こごうしょうこ)をボーカルに、

アレックス岡本がギター。パストリアス大橋こと俺がベース、

これにドラムの帰国子女、D組のジョン・ボーナム・石田を加えて、

「DUCKBILL(ダックビル)…かものはし」

と言う名前のバンドを結成していた。

2年生ボーカルの小督先輩は海外ミュージシャンが大好きで、

その中でも有名なハードロックバンド、

「レッド・ツェッペリン」の大ファンだ。

そんなこんなで、俺たちはレッド・ツェッペリンの

コピーバンドとしてスタートしていた。


部室には一応クーラーがあるが、あまり効きが良くないので、

夏は1時間も練習すると汗だくになる。

練習の合間に涼しい空気に触れようと

外に出てみると、校舎の中庭で例の緒賀ちんと鈴音先生、

それに如月姉妹いるのが目に入った。

何やら、望遠鏡の様な物を覗いている様だ。

興味が沸いた俺は、アレックス岡本を誘って中庭に降りてみた。


「緒賀先生、鈴音先生、何をしてるんですか?」

俺が尋ねると、

「おお!パストリアス大橋か、これはな、太陽望遠鏡だ」

緒賀ちんが答える。

「太陽望遠鏡?」

「太陽の表面を観測する事に特化した望遠鏡でな、

太陽の表面の様子を詳細に観望出来る。」

「へぇ~、覗かせて貰っても良いですか?」

「おお、覗いてみろ!」

緒賀ちんがOKしたので、俺はその太陽望遠鏡を覗いてみた。

そこには真っ黒な背景をバックに、かなり赤みかかったオレンジ色の

巨大な太陽が浮かんでいた。

良く見ると黒点がいくつか浮かんでおり、その周りが白っぽく変色している。

更に驚いたのは、太陽の周囲、球体の一番縁あたりに、巨大なガスの帯が

吹き上げている事だ。太陽全体がぐつぐつ煮立っている様にも見える。

本物の太陽がリアルに活動している様子がわかった。


「すげ~!周囲で吹き上がってるガスって、

たしかプロミネンスって言うんですよね」

「そうだ。良く知ってるな。この望遠鏡はレンズに

特殊なコーティング剤が塗ってあって、

水素が出す特殊な輝線の帯域のみ透過させる仕組みになっている。

だから眼を痛める事はないし、

太陽のリアルな活動を直接観望出来る優れモノだ」

うむ、なるほど緒賀ちんの言う通りだと思った。

いや、確かに凄い。この望遠鏡は高いんだろうな…。


「緒賀先生って、こういう趣味もあったんですね。意外だ…」

「何が意外だ。俺はこれでも理系だぞ。そして学術的な男なのだ…!」

カッカと笑うと緒賀ちんは話を続ける。

「この学校にも昔は天文部があったのだがな、昨今は夜の部活に

クレームが来る事が増えたし、何より東京の夜空は明るくて、

星を見る事にまったく適していない。なので部活は部員が集まらず、

自然消滅してしまった。

だが本当に暗い夜空で、良い望遠鏡を使って見る星雲とか、

星団とか銀河は最高だぞ。感動ものだ。

人として生まれたからには一度は見ておくべきだ!」


その話を聞いて鈴音先生が言った。

「緒賀先生、それは是非見てみたいですね。

今度娘達と一緒に星を見に連れていって貰えませんか?」

鈴音先生は好奇心一杯な表情で、瞳を輝かせている。

【鈴音先生って、こういう子供みたいな表情もするんだな…】

俺はその様子を見てそう思った。

「鈴音先生のお願いなら、もちろんOKっス!」

緒賀ちんが答える。

「じゃあ緒賀先生、俺も一緒に行って良いですか?」

俺が言うと、

「もちろんだ!高校生くらいの時は色々な事に首を突っ込んでみて、

趣味を増やした方が人生楽しくなる。ロックンロールは最高だが、

星も最高だ!」と、緒賀先生はにこやかに言った。

「拙者も行きたいかしらん!」

岡本も声を上げた。


「よし、じゃあ、俺と鈴音先生で相談して、温泉&星見ツアーを計画するから、

お前らは両親の許可を貰ったら連絡しろ。お盆とか、天気とか、月齢とか見て、

2泊3日か、3泊4日程度で案を作る。東京からは随分離れないと

暗い空はないからな。あと車や望遠鏡や双眼鏡は俺の方で準備する」

「了解!じゃあ、緒賀先生、案が出来たら連絡よろしく!」

俺はそう言うと岡本と一緒に部室に戻った。

【星も楽しみだけど、あの如月姉妹との旅行もいいなぁ~】

俺がそう思いながら、アレックスの野郎の方を見ると、

奴も妙にニヤニヤしている。

【こいつ、同じ事考えていやがるな…】

俺は思うのだった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る