第2話 咲の話
三人の中心でバカでかい和ろうそくが、ろうそくにしては恐ろしいほどの大きな炎を揺らめかせ、立ち昇る。それに合わせるように白い壁紙に、三人の伸びた淡い影が、ゆらゆらと何か別の生き物のように揺れていた。
「夜話会は、さっきも言ったけど、私の田舎ではよくやるんだ」
咲がゆっくりと、真理と未希の顔を順番に見つめていきながら、話し始めた。
「みんなで話を持ち寄って、子供からお年寄りまで、男の人も女の人もいろんな人が集まって、それぞれがそれぞれの色んな話をするの。持ち寄るって言っても特別な話じゃなくて、なんでもいいんだ。ほんとに些細な世間話から日常会話まで、なんでもいいの」
咲は二人を見てにこりと微笑んだ。
「けっこう、どうでもいい話が面白かったり、全然普段おとなしいような人が意外な経験していたりって、色んな発見があるんだ。子供の話なんかもかわいかったり、普段聞けないような年齢層の人の話が聞けたりして、すごく面白いし、いい経験になるんだ」
「へぇ~」
真理と未希が同時に、声を漏らす。
「ふれあいの場にもなるしね。私の田舎の地域行事なんだ」
「へぇ~、そんな地域行事があるんだね。初めて知ったよ」
真理が改めて驚き交じりに言った。
「こんなことをやってるって知っただけでもけっこう面白いでしょ」
「うん」
二人はうなずいた。
「でも、そんなに正式に集まってやるばっかりじゃなくて、もっとカジュアルに、なんか人が集まった時とかにもやるの。むしろそっちの方が多いかな。ちゃんと集まってやろうみたいな時だけじゃなくて、今日みたいに、ちょっと友だちが集まってお泊り会やる時とか、なんか暇な時とか、じゃあ、やろうか、みたいなのりでやったりとか。小学生とか中学とか高校の時とか、友だちのうちとかよく泊りに行ったりするじゃない。そんな時に、夜寝る前とかに、じゃあやろうかって、始まったりするの」
「へぇ~」
真理と未希が再び同時に声を漏らす。
「でも、地域によってそれぞれ独自のルールとか特色があったりするんだ。そのローカルの中でまた細かいルールとかがあって、こんな話はダメだとか、経験譚じゃなきゃだめだとか、うちみたいにろうそく立てるとかさ、聞きっぱなし、しゃべりっぱなしで相槌禁止とかさ、それぞれ独特な違いがあってさ」
そこで咲は少し何かを思い出したように笑った。
「高校になると、隣り町の子とか、いろんな地域から生徒が集まるでしょ。そしたら、話ししてたらなんかルールが違っててさ。なんかおかしいぞってなって、その時初めて気づくの。みんな。みんな自分とこのやり方だけしか知らないから、自分のとこのが絶対正しくて正解だと思ってるんだよね。いざやろうとすると、お前それおかしいぞとか言い出してさ。それで喧嘩になったりとかして。お前のとこは絶対おかしいとかなんとか、みんな自分とこのルールに変にこだわっちゃって、お互い譲らなくてむきになったりしてさ。関係ない他の人から見たら、ほんとくだらないんだけど」
咲は笑った。
「まあ、でも、そういうのも結局続けていくうちになんとなくまた自分たちのルールが出来てくるんだけどね。不思議と」
「結局さ、なんだかんだ言って、夜話会はみんな集まるとなんか始まってて、なんのかんのと言って、みんな好きなんだよね。ただの世間話とかじゃなくて、改めて話すっていうのは、またそういう日常会話とはまた違うし、行事としてやるとなんか、身が引き締まって意識が違ってくるんだよね。ただ話すってだけでも」
「ふ~ん」
二人は同時に言った。
「それに、話のうまい人もいるし、下手な人もいるけど、そういうことじゃないんだ。ほんと何度も言うけど、なんでもいいの。その人が持っている経験が大事なんだ。そういうのを交換する。共有することが大事なんだって、おじいちゃんも言ってた」
「おじいちゃんの代からあるの」
真理が訊いた。
「うん、おじいちゃんはもっと前からあるって言ってた」
「へぇ~、古い歴史があるんだね」
真理と未希は感心する。
「人は考え過ぎるとバカになるって言うのが、私の住んでる地方のお年寄りたちの考え方なの。だから、経験を共有するってことをすごく大事にしてたんだと思う」
「へぇ~、意外と深いんだね」
「うん、話をするってだけの単純な話なんだけど、意外とこれがまた深いんだ」
「確かに面白いね。ところでどんな話がでるの」
真理が興味津々に首を伸ばした。
「う~ん、そうだなぁ。私が印象に残っているのは、あるおばあさんの話なんだけど」
咲が自分の顎に人差し指を突き立てながら上を向いた。
「ふんふん」
真理と未希が興味津々で首を縦に振る。
「そのおばあさんが夕方、裏山に散歩に出かけたの。それがそのおばあさんの日課だったの。そしたら道の脇の急な斜面の手前で足滑らせちゃってね、そのまま急斜面を滑って落ちて行っちゃったんだって。結構な急斜面で、どんどん滑っていちゃって、止まらなくて、で、やっと斜面の途中で止まったと思ったら、今度は身動きが取れないの。もともと足が悪かったし、ちょっと体重もある人だったから、踏ん張りながら態勢を立て直すことが出来なかったし、それに、ちょっと動くともっと滑って行っちゃいそうで怖くて、そのまま本当に動けなくなっちゃったんだって。でも山の中だから、しかも夕方で日が暮れ始めてる時だったから、誰も来ないし、その動けないまま、どんどん辺りは真っ暗になっていって」
「わっ、怖い」
未希が思わず顔をこわばらせる。
「もう日が暮れたら真っ暗。木が生い茂ってるから、月明かりも届かないし、もちろん外灯だって、人家の灯りだってない。本当に真の闇」
「それは怖いね」
真理も表情をこわばらせる
「そんな山の中でそのおばあさんは一晩過ごしたの」
「え~、一晩!」
二人は驚いた。
「うん、本当に怖くて怖くて、でも誰も助けになんか来てくれないし、体も動かせないし、本当にどうしようもないから、ただそこでじっとしているしかないの。そして、どうしようもないまま、時間だけが過ぎていって、だんだん時間感覚も狂ってきて、時間もどれだけ経ったか分からなくなっていって、そんな時に」
咲は急に口をつぐみ、二人を静かに見つめた。
ゴクッ
二人は息を飲んだ。
「その時・・、森の音がしたんだって」
「森の音?」
「うん、闇の中で目も見えないし、動けないし、恐怖で冷静じゃいられないし、そんな極限状態で、感覚が、特に聴覚が異常にするどくなっていったんだと思う。その時、ふだん聞こえない音が聞こえたんだって。それをおばあさんは森の音って言ってた」
「どんな音なの?」
「それは言葉では表現できない不思議な、今までに決して聞いたことのない音なんだって。命の全てが交信してるみたいなとかって言ってたけど・・」
「命が交信・・」
未希が呟く。
「そしたら、なんか急に落ち着いて、不思議と心が穏やかになっていったんだって。暗闇でも全然怖くなかったって。そして、その後も落ち着いたまま山の中にいられたんだって」
「へぇ~」
「恐怖どころか、今までに感じたことのない安らかな感じだったって言ってたな」
「へぇ~」
二人はまた同時に言った。
「それで、その次の日、朝たまたま散歩しに来ていたおじいさんに、大声で助けてって叫んで警察を呼んでもらって、無事に助けられたんだけどね。なんか不思議な話だよね」
「うん」
「私もその山に行ってみたことがあるんだ。その話を聞いた後。でも、夜になると山ってほんと怖いんだよね。しばらく頑張ったんだけど、すぐ帰っちゃった」
咲は舌を出して笑った。
「森の音も聞こえなかった。当然だよね」
そこで、三人は一緒になって笑った。
「へぇ~、でも、不思議な話だね」
真理が言った。
「うん、不思議だよね。あっ、不思議といえば、後、ちっちゃな男の子の話があったな」
二人は再び咲をに注目する。
「ちっちゃな、小学校低学年くらいの男の子だったんだけど、突然、ぼくご飯十日食べなかったって言い出して、それでも平気だったって話すの」
「えっ、十日?」
二人は同時に言った。
「うん、それでね。しかも、ぼくは幸せだったって言うの。すごく気持ち良かったって」
「ええ、どういうこと」
「分からない。でも、それでみんな驚いちゃって、大人の人がよくよく話を聞いたら、どうも叩かれたりとかもしてるみたいで、それで虐待が発覚したの」
「意外な展開」
「うん、あの時は驚いたな」
「そんなこともあるんだね」
未希が言った。
「うん、でも、あの気持ち良かったっていうのがいまだに分からないんだよね。十日もご飯食べてないのに」
「不思議だね」
未希が言う。
「うん、なんか不思議だよね」
咲は本当に不思議だというように首を傾げた。
「まあ、私の話はこれでおしまい。こんな感じ、これでいいんだ」
そして、咲は少し照れ臭そうに笑った。
「う~ん、なんかおもしろいね。夜話会」
真理が言った。
「うん」
未希も頷く。
「そうでしょ、意外と自分が当たり前だと思っていることが他人には新鮮な発見だったりするんだ」
「うん」
二人は同時に同意するように頷いた。
「じゃあ、次だね」
「うん」
咲がまたサイコロを手に持ち、絨毯に向かってそれを投げた。
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