第6話 裁縫ギルドのナンナさん

 ギルドと呼ばれる施設には、冒険者ギルドの他に職人ギルドというものがある。

 冒険者を相手に情報や物品の遣り取りをする冒険者ギルドとは異なり、職人ギルドは街の住人を相手に仕事を斡旋したり技術を提供したりする場所だ。

 言わば、職人を育成するための養成所といったところかな。例えば此処、裁縫ギルドであれば一流の裁縫師を育てるための技術を教えているといった具合に。

 因みに街の住人をメインの相手にしていると言ったけど、冒険者の所属員もいないことはない。彼らは冒険の片手間に技術を身に付けるべくギルドに通い、技能の向上に努めているのである。もっとも、冒険者の本職はあくまで冒険者なので、一箇所に長く留まることがない彼らがひとつのギルドに何年も通うなんてことはほぼないのだが。

 中には本職顔負けの技術を持つ冒険者もいるというけど……そんな人たちに出会う機会はあるのだろうか。

 閑話休題。

 職人ギルドと冒険者ギルドは密接な関係を持ち、今回のように冒険者ギルドが仕入れた素材を職人ギルドに提供したりするといったことは少なくはない。

 もちろん、無料ではない。これもいわゆるひとつの商売なのである。

 ……そういえばヘンゼルさん、代金のことは何も言っていなかったけど、今回のこれは無償で提供するものなのかな。


「こんにちはぁ」


 僕がギルドカウンターのところで待っていると、奥から小柄な少女がとことこと歩いてきた。

 肩口で緩く結った三つ編みが魚の骨のように見える、純朴そうな装いの人物である。

 彼女こそが此処裁縫ギルドのマスターのナンナさんだ。


「冒険者ギルドのイオさんじゃないですかぁ。今日はどうなさったんですかぁ?」


 やたらとのんびりした口調だが、これが彼女のデフォルトなのである。せっかちな人が彼女の相手をしたら、そのあまりの間延びっぷりに若干苛立ちを覚えるかもしれない。

 僕は軽く会釈をして、抱えていた麻袋を彼女へと差し出した。


「頼まれていた絹糸です。ようやく手に入ったのでこちらに届けるようにとヘンゼルさんが」

「あぁ、ようやく手に入ったんですねぇ。それでは、少々お待ち下さぁい」


 ナンナさんは僕から麻袋を受け取ると、それを持ってギルドカウンターの裏側へ回った。

 棚をごそごそと漁ったかと思うと、小さな革袋を取り出して表に戻ってくる。


「これ、絹糸の代金ですぅ。ヘンゼルさんに渡して下さぁい」


 革袋を受け取ると、じゃらりと貨幣がぶつかる音が鳴った。

 これは……金貨が十枚くらい入っている音だな。

 金貨十枚といえば、僕の一ヶ月分の生活費よりも多い金額である。

 絹糸は高級素材だってことは知ってたけど、そこそこいい値段がするんだな。


「イオさん、ヘンゼルさんから聞きましたよぉ。ダンジョンにぃ、お出かけになられるんですってぇ」


 え……もう知ってるの?

 革袋を懐にしまっているとナンナさんの期待感に溢れた声が聞こえてきたので、僕は思わず目を瞬かせて彼女の方を見た。

 ヘンゼルさん、一体いつ喋ったんだろう……


「そのための服を仕立てて下さいって、お願いされてますぅ。絹糸も入荷したことですしぃ、良い服を作りますので楽しみにしていて下さいねぇ」

「……はあ」


 僕は生返事を返して後頭部を掻いた。

 実は外出に乗り気じゃないなんて、口が裂けても言えないなこれ。

 だって、物凄くきらきら輝いてるんだもん。ナンナさんの目。新しい玩具を手に入れた時の子供みたいな目だ。


「二日もあれば、できると思いますぅ。明後日の夕方にぃ、また此処に来ていただけますでしょうかぁ」


 へぇ、そんなもんでできちゃうんだ、旅装束。

 まあ、鎧じゃなくて布の服だし。ナンナさんの腕前なら、そこまで難しいものではないのかもしれない。

 早々に彼女のやる気に水を差すのも流石にあれだし、この場では話を合わせておこう。


「分かりました。宜しくお願いします」

「ふふ、腕が鳴りますぅ」

「それでは、僕はこれで」


 挨拶もそこそこに、僕は裁縫ギルドをおいとました。

 ……仕立て代、一体幾らするんだろう……絹糸使うみたいなことも言ってたし、僕の稼ぎで払えるか心配だな……

 二日後か……一応楽しみにしておこう。

 さて、昼御飯だ。料理屋に行くとするかな。

 くぅ、と小さく鳴った腹を撫で摩りながら、僕は気分を切り替えて食事処がある調理ギルドを目指すのだった。

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