鑑定士のおしごと【改稿版】

第4話 鑑定士はつらいよ

　一時期、僕にも冒険者になろうと夢に思っていた頃がある。

　だが、すぐに諦めた。自分にはそんな才能などまるでないことが鑑定の結果分かったからだ。

　……まさか自分の鑑定で自分の夢を壊すことになるとは思ってもいなかったよ、うん。

　その後、鑑定魔法が使えることを売りにしてこの冒険者ギルドに就職したのだが──

　そんな冒険者適性ゼロの僕が、ダンジョンに潜る？

　無理でしょ絶対。ラーシュさんたちの足引っ張ることにしかならんと思うよ。

　体力ないし。運動苦手だし。

　魔物に襲われて右往左往する未来しか見えないよこれ。

「いやいや、無理ですよ僕なんか。ダンジョンに入るって」

「魔物との戦闘になっても、私たちでガードしますので。何とか引き受けて頂けないでしょうか？」

　ラーシュさんがずいっとこちらに身を乗り出してくる。

　うわ、目が本気だ。力入ってる。

「他に頼める人がいないんです。どうか」

「いいじゃないのイオちゃん。引き受けてあげたら」

　カウンターの方から聞こえてくるヘンゼルさんの微笑ましげな声。

　全くもう、他人事だと思って。

「イオちゃんが冒険者デビューするなんて。裁縫ギルドにお願いして旅装束を仕立ててもらわないとね」

「いやいやヘンゼルさん、僕、行くなんて一言も言ってませんからね？」

　こうしちゃいられないわ、といそいそと紙とペンを取り出して何かを書き始める彼に思わず突っ込む僕。

　何がそんなに嬉しいのか分からないけど、当事者の僕を放置して勝手に話を進めないで下さい。

「お願いしますイオさん。他に当てがないんです、此処で断られたら私たちはどうすれば」

　ヘンゼルさんに気を取られていた僕の手を握り締めて懇願するラーシュさん。

　……あの、手、痛いです。握り締めすぎです。

　必死なのは分かるけど、これは力入りすぎでしょう。握られた手が何かぷるぷるしてるし。

「ちゃんと謝礼はお支払いします。探索に必要な道具や食事はこちらで用意しますので」

「良かったじゃないのイオちゃん。至れり尽くせりじゃない」

「だからヘンゼルさん、僕は行くとは……」

「──────」

「────」

「それでは、三日後にお迎えに参りますので。宜しくお願いします」

　ぺこりと頭を下げて去っていくラーシュさんを、僕はギルドの玄関口に立って見送った。

　──結局、あれから。

　ラーシュさんの必死の説得（？）に押される形で、僕は依頼を受けることになってしまったのだった。

　生まれてこの方ダンジョンなんかに足を運んだことのない僕が、何の前情報もないダンジョンに赴くことになるなんて。

　幾ら護ってもらえると頭では分かっていても、感情は別だ。怖いものは怖い、それ以外の何でもない。

　あぁ、不安と緊張で今から胃が痛いよ。

「イオちゃん、裁縫ギルドの方にはアタシから話を通しておくから」

　ヘンゼルさんは何がそんなに嬉しいんだろう。

　僕がラーシュさんと一緒に出かけたら、冒険者ギルドは僕が帰ってくるまで鑑定士が不在って状況になるのに。その辺分かってるのかな。

　ラニーニャの冒険者ギルドに、鑑定士は僕一人しかいない。他所には複数の鑑定士が交代で常駐している大きな冒険者ギルドもあるようだけど、この辺りは鑑定魔法の使い手には恵まれていないのか、ひとつのギルドに鑑定士は一人というのが普通だ。

　鑑定士が不在だとそのギルドでは鑑定士が復帰するまでの間は鑑定業務が停止するわけで……少なからずギルドの収益にも影響が出る。鑑定自体は無料で請け負っていることなので直接の収入にはならないものの、此処の冒険者ギルドじゃ鑑定を受け付けてない、なんて話が冒険者たちの間に広まったら、そのギルドに足を運んでくれる冒険者の数が減ってしまう。

　人が来なければ冒険者向けの商品も売れないし、仕事（クエスト）斡旋料というギルドの収益の大半を占める収入もなくなる。

　何をどう考えても、僕がラーシュさんからの依頼を引き受けてギルドを留守にしてまでダンジョンに行く利点が思い浮かばないんだけど……

「ヘンゼルさん。僕がラーシュさんからの依頼を引き受けるのは、ギルドとして困っている冒険者に力を貸すのは当たり前ということで一応納得できなくもないですけれど……それってわざわざギルドの鑑定業務を止めてまでやることなんですか？　どう考えてもギルドの収入にはなりませんよ。むしろ調査に必要な物資を揃える経費が発生する分、赤字だと思うんですが……」

「そうね。確かにギルド目線で見たら、収益はマイナスになるわね」

　僕の提言をあっさりと肯定するヘンゼルさん。

　彼も一応ギルドのことは忘れてはいないようだ。

「……それを分かってるなら、どうしてそんな風に嬉しそうなんですか？」

「あらやだイオちゃん、そんなの野暮な質問よ」

　ヘンゼルさんは口元に手を当てて苦笑すると、きっぱりと言い切った。

「可愛い我が子には旅をさせろってよく言うじゃない」

「…………」

　視界が急に歪んでぼけた。

　掛けていた眼鏡がずり落ちたらしい。

「……なんてね。もちろん今言った通りの理由もほんのちょっぴり含まれてはいるけれど、本命の理由は違うわ。──冒険者ギルドはね、仕事の依頼者と職員と冒険者たちとの間に信頼があって初めて経営が成り立つ施設なの。冒険者たちから向けられた信頼を快く受け取ることも、ギルドにとっては大切な役目なのよ。信頼はお金では買えない、って昔から言うでしょ？　つまりはそういうこと」

「……そう、ですか」

　単にノリと勢いで言ってることなのかと思ったら、結構まともな理由が出てきて驚いた。

　……やっぱり、ギルドマスターなんだなぁ、この人は。　

　ヘンゼルさんが建物の中へと戻っていく。それに倣って、僕もずれた眼鏡の位置を正しながら中に入った。

　時間のせいだろうか。ラーシュさんが来た時は誰もいなかったギルドの中は、今はそこそこの数の冒険者で賑わっている。

　……決まったことでいつまでもぶつぶつ言っていられない。気持ちを切り替えないと。

　僕は自分の頬をぱしんと叩いて、仕事が待つ作業場に戻ったのだった。