第98話 松明
洞窟に駆け込んだ。
そのまま手探りでしばらく進む。
入口を振り返った。そこだけ外の月明かりに照らされ、ぽっかりと空いた丸が見えた。アンデッドは追ってきてないようだ。
「一回止まろう」
周囲は暗いが、ぜいぜいと息の切れた音が集まる。
突然、白い小さな光におどろいた。マクラフ婦人が持つ羽根ペンが光っている。なんて便利な人。
さきほどの火炎石の使い方といい、冒険者としての経験がケタ違いだ。
おれはその灯りを利用して、ガレンガイルの背中から松明を五本抜き取った。
みんなに一本ずつ配る。最初はひとり一本持ったほうがいいだろう。慣れてくると先頭と最後尾だけでいいのかもしれない。
そんな事を考えていると、全員がおれを見つめている。うん? なーに?
「ああ! マッチ!」
ダネルの店に寄るの忘れた! みんなのなんとも言えない視線が刺さる。
マクラフ婦人が、ため息をついて言った。
「火炎石、出して」
リュックから火炎石を出して渡したが、思い直した。
「婦人、おれの炎を使いましょう」
「おれの?」
婦人は首をひねったが、おれの魔法は不安定で戦闘では使えない。こんな時に使うべきだ。
「ハウンド」
名前を呼ぶと、洞窟の先を見つめていた黒犬が足元に来た。しゃがんで頭をなでる。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ出すんだぞ」
用心のため、みんなから少し離れる。
ハウンドの口の前に松明を持ち上げ、背中に手を置いた。
目を閉じる。二つの炎、それを探す。
暗闇の中、相変わらずダンスでもするように、二つの炎はくるくる回っていた。おれの炎は赤いほうだ。
小さい火の玉のカケラでいい。端っこに意識を集中したら、火の玉が近づいてくる。
おいおい、勝手に動くな。お前はおれの火の玉だろう。そう思った瞬間に火の玉はより一層、大きくなった!
熱いな、この野郎! おれが怒ると火の玉も大きくなった。
よし、落ち着け、おれ。抑え込もうとするのはやめて、仲良くしてみるか。
スナフキンは「自然の力はすばらしいもんだよ」と言った。オッケー、自然の力を愛してみるぜ。アニメの少女も言ったじゃないか「蟲は世界を守ってる」って!
落ち着いて炎に心の手を伸ばした。すると、全てを焼き尽くすかのような赤い炎は、小さな温かい火の玉になった。
よし! 出ろ!
ハウンドが「ガフッ」とゲップのような音を立て、火柱を吐いた。ファイヤーダンスの火吹き芸のような大きさだ。
「熱っちぃ!」
おれは思わず顔をそむけた。最小に抑えてこれかよ!
炎は消え、ぶすぶすっと松明に火が灯る。
ほっ、なんとか上手くいった。
火の点いた松明を持って帰ると、みんなが目を丸くしている。
「あー、その、おれの魔法の蛇口は、こいつなんだ」
「初めて聞くわ、そんなの」
マクラフ婦人が眉を寄せて言った。
「あー、そう、そうですね。おれのいた国ではこうなんです」
適当にごまかして、おれの松明の火で全員の松明につける。
「よし! 進もう!」
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