第72話 窓を割る

 砂浜に戻り、息を切らしてへたり込む。


「カカカ、あれは何だ? なぜ村人が妖獣になってる?」

「おれも、さっぱりわからん」


 その時、ロード・ベルを使ったミントワール校長の声がした。


「カカカ、子供たちは見つかりましたか!」

「まだです、校長。ひとつ問題が出ました。教えて下さい」

「なんです?」

「アンデッドは人の手で作れる物ですか?」

「言ってる意味がわかりません」

「村人がアンデッドになっているのを見つけました」


 校長の返事がない。


「校長、校長!」

「方法はあります。拷問をかけ、禁じられた魔法で魂を引き剥がすのです。そうすれば魂は死霊となり、抜け殻はアンデッドとなります。しかし、しかしそれでは子供たちは!」


 死霊。くそ! おれはひとりの顔が浮かんだ。おれに死霊の依頼をした人物。あいつは何か知っているのか。


「必ず、必ず見つけます!」


 おれは立ち上がった。


「街へ帰ろう」


 ガレンガイルがうなずく。街に向かう途中で、おれに死霊退治を依頼した交渉官の事を話した。


「もう、ギルドは閉まっている。どうする?」

「職員の住まいがどこか、中に何かあるだろう」

「なるほど」

「勝手に入るぞ、いいのか?」

「もはや、我々の仕事でもある。俺が許可する」


 街に戻り、二人で足早にギルドの前に着くと、ギルドは明るかった。窓から中に人がいるのも見える。おれは玄関の扉を強く叩いた。職員のひとりが顔を出す。


「何か?」

「用がある。開けてくれ」

「もう、ギルドは時間外です。明日にお越しください」

「少しでいいんだ」

「こちらは今、取り込んでおります。お引取りを」


 バタン! と扉は閉められ、鍵をかける音がした。


「俺から話そう」


 憲兵隊長が扉に近づいた。


 おれは窓の方にまわった。敷地の端に、花が並べられている。花が植えられた鉢の一つを手に取り、おれは窓に投げつけた。


 ガッシャーン! と音が鳴って窓が崩れ落ちる。残りの破片を剣で払い、窓から入った。


「グレンギースはどこだ!」


 周囲に目をやる。ギルドの職員は、窓を割って入ったおれをぽかんと眺めた。


「お前は、ほんとに無茶をやる」


 うしろから憲兵隊長も入って来た。


「交渉官のグレンギースだ。どこだ!」


 職員の目が、並ぶ机の一つを見た。グレンギースだ。おれはカウンターを飛び越え、グレンギースに迫った。


 グレンギースの胸ぐらを掴んだ所で、身体が固まった。


 首に力を入れて振り返る。マクラフ婦人。カウンター窓口のイスに座っている。


 片手をこちらにかざし、もう一方の手は大きな羽根ペンが握られていた。あれが彼女の蛇口か。おれに回復魔法をかけた時は、カウンターの下で隠れて握ってたんだな。


「ぬぅあ!」


 気合を入れてマヒを解いた。剣を抜き、グレンギースの目前で剣先を止める。


「子供らはどこだ!」

「こ、子供?」


 グレンギースは目を丸くした。さらに問いただそうとしたが、また固まった。


 今度の呪文は強く、口も開かない。おれの剣先とグレンギースの顔の間に手が入った。ガレンガイルだ。


「落ち着け、カカカ」


 ガレンガイルは、こちらに向けて手をかざすマクラフ婦人に振り返った。


「憲兵隊長のガレンガイルだ。この男に尋問したい事がある」


 おれのマヒが取れた。


 おれとガレンガイルは、ここまでの経緯を手短に説明した。


「村人からアンデッドを作った? ネクロマンサーが、この島に?」


 そう言ったのは、マクラフ婦人だ。やはり彼女、ただものではない。ネクロマンサーとは、死霊使い、または死人使いとも言う。


「おれに死霊退治の依頼をしてきたのは、グレンギースだ。何か関係があるはずだ」


 マクラフ婦人に言った。またマヒ呪文をかけられたら、たまったものではない。だが、それを聞いたマクラフ婦人は、グレンギースに問いかけるわけでもない。


 おれは、まわりを見た。みんなが押し黙っている。


「あれ、なんでシーンとなるわけ? どういう事?」


 おれは、まわりのギルド職員に問いかけてみた。誰も答えない。


「皆が、理解した。そしておどろいている、という状況です」


 口を開けたのは、剣先で脅したグレンギースだ。


「誓って言います。あなたを騙そうなど思った事もありません。良い仕事相手と巡り会えた、そう思っておりました」


 おれは眉を吊り上げた。信用はできない。


「カカカ様、なぜ、私たちが今夜、ここにいると思いますか?」


 そう聞かれると不思議だ。


「バルマー局長から、夕方に緊急収集を受けたからです」

「そのバルマー局長は、今どこに?」


 グレンギースは、まわりの職員を一度見て、おれに言った。


「教団を調べに行くと言い、出掛けました。大変な事が起きているかもしれない。そう、おっしゃってました」

「教団? あっ! マッチポンプか!」


 自分たちで死霊を作り、自分たちで退治すれば永遠に稼げる。


「マッチポンプ?」


 そうだった。この世界にポンプはない。


「ええと、マッチに水瓶と言いましょうか。自分で火をつけて、自分で消す」

「その通りです。今起きている事を聞いて、納得しました」

「夕方から、まだ帰ってきてない?」

「はい」


 局長は馬車を持っているはずだ。見てくるだけなら、そんなに何時間もかからない。


「やべえな」

「はい、事の重大さがわかった所です」

「どこの教団とか、言ってなかった?」

「それは聞いておりません」


 死霊退治を請け負う教団は三つと聞いた。それのどこなのか? または、全部?


「片っ端から当たるしかないか」


 おれが走り出そうとすると、憲兵隊長に肩を掴まれた。


「カカカ、これはもう、ひとりでどうにかできる事ではない」

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