危機が迫っている。


 そんな感覚にいきなり襲われた。


 ここが何処かなんて疑問をていする暇もない。


 何かから逃げていた。


 不安と焦燥感が背中をチリチリと焦がす。


 つい、振り向いてしまった。


 後ろで走る彼女から、地面を滑るかのような音がしたから。


 彼女は転んだのではなく、立ち止まっていた。


 華奢きゃしゃな身体が大きく見える。


 両手を広げて庇われていた。


 待って……!


 思わず手を伸ばした。


 駄目だと心には浮かんでいる。


 しかし手を伸ばさずにはいられない。


 ――――行って。


 そう彼女は言う。


 いや、言おうとしていた。


 彼女の腹部から赤黒い粒子が流れ出ていく。


 彼女の唇は僅かに動くが、何も聞き取れなかった。


 涙は流れない。


 流す理由を今、失ったのだから。

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