第十三話 引っ越し
役場に戻ってからの手伝いというのは大変だった。
大事な書類というのが多く、「それは他の書類と一緒にしてはならない」「その書類はすぐ見れるようにしておいてくれ」だのと注文が多く、目まぐるしかった。
陽が真上に差し掛かる頃、ようやくすべての荷物の積み込みが終わり、最後の便の人々を都へ見送った。
「さすがに疲れたね」
小春たちは取り残された長椅子に腰を掛けた。
「なんだか急に静かになっちゃったね」
先ほどまで人々が右往左往し物音が絶えなかった空間に、時計の秒針が静かに響いている。
「これでもう、郷には退治屋の人間しかいないんだよね」
「そうなるね」
「本当にこれからどうなっちゃうんだろう。正直あたしさ、まだ現実って感じがしなくて。ただ、急に物語の中に飛び込んだだけで、目を覚ませばいつもの家族がいる日常に戻れる気もして……。って、しっかりしなきゃだめだよね」
「でも気の張りすぎはよくないよ」
冬哉がふと向いた先では、錦が隣の長椅子で腕を組みながら眠っていた。
「あれ、錦さんいつの間に寝てたんだろう」
「ね、疲れちゃうからさ。錦はきっと、神社の息子ってことで気負いしすぎてるんじゃないかな。御神石の封印が破れて神社の一部が壊れた時に、ご両親が怪我をされたらしいから余計だろうね。琴音ちゃんにもさ、任せられないって気持ちよりも、怪我させたくないって思いが強いんじゃないかな」
「冬哉、来たばかりなのによく見てるのね。ああでも、琴ちゃんも似たような感じがするな。自分も神社の人間だからって責任を感じているのに、錦さんが押さえつけちゃうから……。外部の人間が気安く口出しできる問題じゃないけど、二人とも心配ではあるよね」
ふーむ、と冬哉はため息交じりに考え込んだ。
「そうだねえ。いま郷にいる大半の人間は、口に出さないだけで不安や心配事で気持ちがいっぱいだよね」
久々にゆっくりとした時間が流れている。
冬哉と他愛ない話をしていると、外から重たい車輪の転がる音と話声が聞こえてきた。
その音で錦は目を覚まし、軽く伸びをした。この様子ではしっかり眠れる時間はあるのかと心配になる。
外へ出ると郷長が一早く指示を出している最中だった。その指示に従い、先輩方はてきぱきと行動し一瞬にして積み荷が降ろされ、荷車はまた神社へと戻っていった。
「おう、小春。なずなには会えたか?」
「うん、丁度よく会えたよ。ありがとう」
「それならよかった。さて、今からこの敷地にも結界を張るからな、お前たちは荷運びの手伝いをしてやってくれ」
「わかりました」
その後も着々と荷車が到着し、荷下ろし作業をしながら仕分けて運んでいく。
この役場は木造の二階建て。ひとまずは一階の待合室に荷物を積み重ねていたが、階段を上がり降りする物もあった。
動き回ってくたくたになり始めたところに、鶴彦が呼び掛けてきた。手にはまた朝のような大きなおむすびがある。
「ほれ、遅めの昼飯だ。食べる時はゆっくり休めよ。また集合かけるから」
「錦さんは先輩方と一緒ですか? 途中から別行動になってしまってて、きりが良ければ一緒にご飯食べようと思うんですけど」
「ああ、錦は別の作業中でね。終わったら向かわせるよ。あ、正門広場は慌ただしいから、裏庭の方へ行ってごらん」
鶴彦に言われた通り、冬哉と大きなおむすびを持って裏庭に来てみると、思ったよりも広かった。皆で鬼ごっこでもできそうだ。
どこでご飯を食べようか見渡してから、隅の草原に腰を下ろして一息つく。
動き回って汗ばんだ体に秋風が吹いてきて気持ちがよかった。
「お疲れ様」
おむすびを食べているところに琴音と秋穂がやってきた。二人も大きなおむすびを手に持っている。
「お疲れ様、二人は朝一から引っ越し準備で大変だったでしょう?」
「もうくったくたよ」
琴音が落胆するように腰を下ろすのを見て、秋穂が微笑む。
「これからの方が大変かもしれないわよ。さっき先輩方が、毎日あいつらを立ち上がれなくなるまで鍛え上げるんだ! って意気込んでたから」
「うえー、不安で吐きそう」
「しっかり食べなきゃ、それこそ倒れるわよ」
琴音と秋穂のやり取りを見ていると、本当の姉妹の様に思えた。
「二人は仲が良いねえ。仲良し姉妹みたいだ」
冬哉も小春と同じことを思ったようで、二人に笑いかけた。
「実際に妹みたいなものよ」
「そうだね、物心ついたころには仲良くしてもらってたし」
「琴音のおむつだって変えてたんだから」
「……今更だけど、私の知らないことまで知られてそうで恥ずかしいや」
昔話を聞きながらご飯を食べ終え、ゆったり会話を楽しいんでいると鶴彦が呼びに来てくれた。
結局、錦も夏月も作業が終わらなかったらしい。
次の作業は、これから寝泊りする部屋の掃除と整理だった。
二階の東側三部屋が男子部屋、西の二部屋が女子部屋となった。ちなみに中央の空き部屋は共有の荷物置き場だ。
「この荷解きが終わったら、本格的に訓練や妖怪退治が始まるんだよね」
「小春ちゃんはやっぱりまだ怖い?」
「怖くない、とは言えないかな。昨日も何もできなかったし」
「初めはそんなものよ。むしろ怖くないって言う人間の方が、無計画に突っ込んで行きそうで怖いわ」
秋穂の言葉に、琴音には思い当たる人がいるのか苦笑いを浮かべた。
「さ、もうひと踏ん張り頑張りましょ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます