第48話 要撃機誘導(ウェポン・コントローラー)
あれから半年、私は休みの度に与座岳と那覇を行き来した。ヘリコプターで那覇基地に戻ることもあったし、千斗星が迎えに来てくれる事もあった。
イーグルライダーのお迎えだと与座岳の仲間たちからは冷やかされ、写メまで取られる始末。ホムペに載せるぞなんて言われる事もあった。
実際はそんな事は無かったけれど、仲間は温かく私たちを見守ってくれていた。
そんなある日。
「沖田くん!」
「はい」
「突然だけど、要撃機の誘導を君に頼みたい」
「えっ! わたしに、ですか」
「那覇基地の要撃管制官に欠員が出た。上からの指示で君をどうかと。それで、最終試験を今から行いたい」
「はい」
「ただ……それはいつか君の指示で、ご主人を動かす事になるということだ。分かっているとは思うが、かなり危険な事も要求しなければならない」
思ったより早く、那覇基地へ異動出来るチャンスがやってきた。これを逃すと、いつになるか分からない。
「大丈夫です。それを目標にやって来ましたから。夫とは何度も話しました。任務は任務だと割り切る事を」
「そうか。できるだけシフトが重ならない様にはすると思う。身内が要撃機に乗るとなれば、必ずしも影響がないとは言い切れない。我々も人間だからな」
今から、要撃管制の最終試験だと言われた。何度も手順を繰り返したし、頭も体も覚えている。絶対に認めてもらわなければならない。
「では、沖田くん」
「はい」
色々なケースを想定して、模擬の要撃管制任務をする。どんなケースなのかは知らされていない。メインサーバーから送られてくる情報に目を凝らしながら、耳も澄ませる。
ついに、レーダーに赤い塊が映った。
「レーダーに反応あり」
「識別確認せよ!」
「識別確認に入る」
私はレーダーから送られて来た情報を照らし合わせた。
(ない!)
「確認、取れません!」
「まじかっ……。沖田!」
「はいっ!」
「これは模擬じゃない。模擬データを入れる前に現れやがった」
「えっ!」
私が見ていたのは模擬データではないと上官はいう。という事は、ここに映っているこの赤の光は、本物の識別不明機。
「識別不明機!」
「アンノン」
「ア、アンノン!」
「ホットスクランブル!」
「ホットスクランブル!」
即座に通信機を手に取り那覇基地の作戦指令所へホットスクランブルをかけた。行動は隊長の指示に従って行っているにも関わらず、通信機を握りしめる手に汗が滲んだ。心音が耳のすぐ後で聞こえくる。
そして再びレーダーに目を戻すと、防空識別圏付近をその不明機は航行していた。まだ方向を変える素振りは見せない。このままの速度を維持すれば十五程で防空識別圏に突入してしまう。
(まさか、領空侵犯してしまうの⁉︎)
「
「了解!」
那覇基地の管制塔からの離陸確認が終われば、直接パイロットとコンタクトを取る。
不明機一機に対してリーダー機と僚機の二機編成でスクランブル発進される。
今回のスクランブル発進はいったい誰なのだろうか。
(ダメ! そんな事は考えてはならない。誰であろうと任務に忠実にあれ!)
「沖田」
「はい!」
「那覇警戒管制から、今回の指揮はお前に任せるとの事だ。試されているぞ」
「試されてる……分かりました!」
通常、与座岳基地で得た情報は那覇基地の要撃管制へ転送し彼らが指揮をとる。まれに直接こちらが行うことはあるが、私のような下っ端は絶対にやらない。
恐らく、エーワックスからの情報分析の結果、私で試してもいいと推測したのだろう。
(わかってはいるけど、舐められたものね)
「沖田、もうすぐラプコンから出るぞ」
「はい!」
先輩方に恥をかかせてはならない。ここのレベルはこんなものかと、思わせるわけにはいかない。
『コンタクトチェック、チャンネル01チェンジ』
『こちらアロー01、コンタクトクリアー』
『こちらアロー03、コンタクトクリアー』
(八神さんと松田さん!)
『不明機、高度27400フィート、390ノット、275度方向を飛行中。直ちに確認に入れ』
『アロー01、ラジャー』
『アロー03、ラジャー』
高度約8000メートル、時速800キロと言う戦闘機や旅客機にしては遅い速度で進んでいる。このままキープしてくれれば、防空識別圏には触れずに大陸側へ外れると思う。
『目視確認に入る!』
『了解』
八神さんからの報告によると、国籍はC国、機体はB3822海洋偵察機である事が判明。
昨今、自国の領有を守るためと称して巡航しているのだ。
『監視飛行せよ。このままの航路であれば侵犯の恐れはない』
『アロー01、ラジャー』
『アロー03、ラジャー』
レーダーを注視しながら三機の航行を見守った。そして、完全にC国の機体は日本の警戒区域から離脱。
『こちら与座岳管制塔、警戒区域から離脱。目視にて確認してください』
『こちらアロー01、ターゲットの離脱確認』
『了解。速やかに帰還せよ』
『アロー01、ラジャー』
『アロー03、ラジャー』
『コンタクトを那覇へ移す。ご苦労様でした』
『アロー01ラジャー。サンキュー、テール』
『はっ⁉︎』
(八神さんっ! わたしだって、わかってた!)
変な汗がこめかみを伝った。指でさり気なく拭って、通信を那覇管制へ返した。
とは言えまだ終わったわけではないので、レーダーからは目を離さない。また、偵察機が戻ってくる事だってある。それに、返したイーグル二機が無事に基地に帰還するまで見守る義務もあるからだ。
十五分後。
無事、二機とも帰還。
その後、特に注意すべくレーダー反応はなかった。
「ふぅ(終わったぁぁ!)」
「沖田。直ぐにデータをまとめて報告を上げろ」
「はい!」
「さっきので、いいぞ。自信をもてテール」
「はい! えっ!」
(なんで、知って……)
拭った冷や汗がまたドッと吹き出した。松島基地を離れてから耳にしたことの無い私のニックネームだ。
上官はニヤニヤ笑いながら、自席に戻って行った。
◇
そして二週間後、ついに辞令が下りた。
「沖田天衣、三等空尉、那覇警戒管制」
「はい!」
与座岳分屯基地司令より、那覇基地の警戒管制への異動を言い渡された。私はそれにしっかりと敬礼で返した。三日以内に荷物をまとめてここを出なければならない。私は司令室を出て、すぐに指導してくださった佐野一尉のもとに向かった。
「佐野一尉」
「沖田やったな。もう寂しそうに空を見なくて済むな」
「え?」
「ご主人の所に帰れる」
「待ってください、違います。私は空を見上げるのが好きなんですっ」
お世話になったお礼を言おうとしたのに、そんな風に言われて機を逃してしまう。
(いつも丁寧に厳しく、そしてとても優しくご指導下さりありがとうございました)
「佐野一尉に恥をかかせないようにします。ありがとうございました!」
「おうっ。出戻りは許さんからな」
「はい!」
一年も経たないうちに私は、千斗星と同じ場所で働く事を許された。ここで学んだ要撃管制官としての心構えと、何よりも自衛官としての誇りは絶対に忘れない。
その晩、私は千斗星に電話した。
「千斗星、あさって帰ります」
「うん。俺、アラート待機だから迎えに行けないけど大丈夫か?」
「大丈夫。連絡機に乗せてもらうことになってるから」
「そっか。それなら安心だな。気をつけて帰れよ。待ってる」
「千斗星もアラート任務がんばって」
「ああ」
アラート任務から明けて帰る千斗星を、初めて自宅で迎える事が出来る。
私にとって、今はそれが何よりも嬉しい。
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