三十五 覚悟と決断

 クラリスタが頭を下げている二人の姿から視線を外すと、両親のいる方に顔を向ける。父親と母親の姿を、何も言わずに、ほんのわずかの間だけ、見つめてから、クラリスタが再び頭を下げ続けている二人の方に顔の向きを戻した。




「二人とも頭を上げて下さいまし。永遠に転生し続けて、門大と同じ時を過ごし続けるというのはとても魅力的ですけれど、戦いばかりを強いられるのなら、そんな永遠はごめんですわ。わたくしは、門大とわたくしの未来を幸福な物にする為に、お二人と一緒に戦いたいと思っていますわ。でも、それは、もう、一人では決められませんわ。門大。あなたはどうしたいと思っていますの?」




 クラリスタが門大を見る。




 たとえ、俺達の幸せの為であっても、クラちゃんをもう戦わせたくなんてない。俺だって、戦いたくなんてない。クラちゃんを連れて今すぐにこの場から逃げ出して、どこかで、二人で、いや、クラちゃんの御両親も一緒に、のんびりと普通に暮らせればいいのに。門大は、そう思いながらクラリスタの顔を見た。




「逃げ出したいけど、ここで逃げても、駄目なんだろうな。戦いなんてしないで、俺はクラちゃんと、クラちゃんの御両親と、一緒に、ただ、普通に暮らしたいって思ってる。けど、ここで逃げて戦わなくても、いずれは酷い事になるみたいだし、ここで戦ったって、違うか。もう王都が大変な事になってる時点で、ループするとはいっても、酷い事になっちゃってる」




 門大はそこまで言って言葉を切った。クラリスタが、門大。と呟くように言う。




「二人とも、教えて欲しい。俺一人じゃ駄目なのか? 俺は雷神と炎龍と一緒になってるんだろ? 龍なら神を殺せるってさっき言ったよな? クラちゃんの力はなしで、炎龍の力だけで神を殺す事はできないのか? 戦う事が避けられないのなら、せめてクラちゃんだけでも、安全な場所にいさせたい」




 もし、炎龍の力だけで、神を殺す事ができるのなら、クラちゃんの力を試す必要なんてなかったはずだ。門大はそう思いつつも、そう言わずにはいられなかった。




「炎龍が、神龍人としてじゃなく、炎龍として姿を現して、龍としての力を完全に発揮して戦う事ができれば、神を殺せるカミン。けど、今の、神龍人のままの状態では無理カミン」




「炎龍が炎龍として姿を現す事ができる可能性はあると思うわ。限りなく零に近い可能性だけど。私が神龍人だった時、何度か、本当に、片手の指の数で数える事ができるくらいの回数だったけど、炎龍と、雷神とも、心の中で会話をした事があるの。炎龍にその気があって、雷神がそれを許して、転生者、あんたが、それを強く望めば、炎龍が出て来るかも知れない。炎龍の、炎龍本来の力があれば、クラリスタの力はいらなくなる。けど、現状では、出て来るか分からない炎龍に期待するよりも、クラリスタの力に頼る方が確実なのよ」




 クラリッサが言い、クラリッサの言葉に続くようにして、キャスリーカが言った。




「炎龍を呼び出す為に、何かできる事はないのか?」




「何も分からないの。そもそも、私が会話した時も、なんで会話ができたのか分からない。炎龍や雷神からのアプローチがないと、会話する事すらできないんだと思う」




「こっちから呼びかけてみても駄目って事か」




「やらないよりは、やった方がいいとは思うわ」




 キャスリーカの言葉に、キャスリーカの目を見て頷いてから、門大は、とにかく一度、炎龍に呼びかけてみよう。と思うと、心の中で、炎龍出て来てくれ。と叫んでみた。しばらくの間、何もにせずに待ってみたが、キャスリーカが先に話していた通りで、炎龍からはなんの反応も返っては来なかった。 




「期待はしてなかったけど、何も反応がないとやっぱりへこむな」 




 門大はキャスリーカに向かって言った。




「それでも、諦めないで続けるんでしょ?」




「当り前だ」




 門大は、自分の手の中にある、リングケースを見つめる。




「また集まって来てるぽにゅ」 




 ニッケが言った。




「ニッケ。ありがとう。各機。斉射の後は、別命あるまで、各々の判断で砲撃を続けて。斉射用意! 撃てえぇー!!」




 キャスリーカが機械の兵士達の方を見て言うと、再び砲撃が始まる。




「そうですわ。お二人に、お二人が自分達の事を正直に話してくれた時から、ずっと、聞きたい事が、一つありましたの。クラリッサ。キャスリーカ。もう、わたくし達に、嘘はついてはいないですわよね?」  




 砲撃音が鳴り響く中、クラリスタがクラリッサとキャスリーカに近付いて言った。




「もう嘘はないカミン。これ以上嘘をつく気もないカミン。ああ。でも、後で言おうと、いや、言い難くてずっと言ってなかった事があるカミン。別に隠そうとしてたんじゃないカミンよ。こんな大事な事を言ってなくて、本当に、ごめんなさいカミン。あの神との戦いでは、命を落とす事があるカミン。この地にいても、あの神は、僕達を殺す事ができるカミン」




 クラリッサが言葉の途中から、至極申し訳なさそうに、気まずそうにしながら言った。眉一つ動かさずに、クラリスタが小さく頷く。




「お二人の今までのお話を聞いていて、この戦いに対しての態度を見ていて、なんとなくですけれど、そういう事ではないかと思っていましたわ。けれど、そうだとしても、死ぬとしても、わたくしの気持ちは変わりませんわ。わたくしは戦うつもりでいますわ。門大。さっきのお話、わたくしが戦うという事に関して、まだ、門大の答えを聞いてはいませんわ。改めて、もう一度聞きますわ。門大。あなたはどうしたいと思っていますの?」




 クラリスタが門大の顔を見た。ちょっと待った。死ぬのか? それは話しが違う。こっちは死なないっていう前提でいたんだ。どうしたいと思ってるって。命を懸けた戦いなんてしたくない。それに、クラちゃんにもそんな事はさせたくないに決まってる。クラちゃんみたいな素敵ないい子と出会って、そんなクラちゃんと結婚して、これからっていうところなんだぞ。クラリッサとクラリスタの話を聞いていた門大は、激しく動揺しつつ激しく狼狽えていた。




「門大」 




 クラちゃんが呼んでる。門大はそう思うとクラリスタの顔を見た。




 クラちゃん、君は、全然、動揺してないのか? どうして、君は、そんなふうにいつもと変わらない顔をしてるんだ? 覚悟ができてたって事か? いつから? 君はいつから、死ぬかも知れない戦いに挑む覚悟をしてたんだ? クラリッサとキャスリーカに、俺達の幸せの為に戦うと言った時も、死ぬかも知れないと、思いながら、覚悟をしながら、言ってたのか? 




 クラリスタの顔を見つめながら、いつの間にか、思考する事に夢中になり、目の焦点が合わなくなっていって、ぼやけてしまっていたクラリスタの顔に、門大は再び目の焦点を合わせる。




 俺は、どうすればいい? ただの人間で、今の、神龍人の俺なんかよりも、触れれば壊れそうなほどに華奢で、こんなにも小さい体なのに、俺よりも、戦う覚悟をしっかりとしているクラちゃんの為に、俺は、何ができる? 門大は、そこまで思うと、クラちゃん。とクラリスタの名を呼んだ。




「クラちゃん。ちょっと、待ってくれ」




 門大は言って、喉を鳴らして唾を飲み込む。今までの人生で、高校の時の友達との喧嘩以外に本気で戦った事なんてない。それだって、命懸けの戦いなんていうのとは、ほど遠いものだった。俺は、自分の命を懸けて、戦えるのか? クラちゃんを失うかも知れない戦いに、挑めるのか? さっき降って来てた龍を殺したり、まだ見た事のない神を殺したりできるのか? ……。でも。俺は、クラちゃんを、俺達の幸せの為に戦うと言ってくれたクラちゃんの事を、心から、愛してる。逃げ出す事が、できないなら……。門大は、そう思うと、一度、深く呼吸した。




「キャスリーカ。俺に、神龍人の力の使い方を、神龍人の戦い方を、教えてくれ。俺が、クラちゃんを、守る」




 その声は、門大自身が驚くほどに、震えていた。




「そう言われなくても、ちゃんと教えるつもりだったわ。だから、安心しなさい」




「クラちゃん。絶対に無理はしないでくれ。危険だと思ったらすぐに逃げて欲しい。それと、絶対に俺を残して死んだりはしないでくれ。その事を約束してくれるなら、俺はクラちゃんが戦う事に賛成する」




 門大は言って、クラリスタの言葉を待つ。




「門大。これだけは約束しますわ。あなたを残しては絶対に死んだりはしませんわ。けれど、あなたに、嘘はつきたくはないので、正直に言いますわ。他の二つは、約束はしたいのですけれど、難しいと思いますわ。状況によってはやむを得ない時もありますもの」




 クラリスタが申し訳のなさそうな顔をする。




「クラちゃん。絶対に死なないって言ってくれてありがとう。でも、クラちゃん。他の事は正直に言い過ぎだ。俺だって、無茶な事を言ってるって事は分かってる。クラちゃんの性格を考えれば、無理をするだろうし、危険があっても逃げたりしないはずだから。でも、それでも、そう言いたかったんだ」




「門大。戦いたいと言った手前、門大の戦うという決断に対して、何も言えない事は分かっていますわ。けれど、わたくしだって、本当は、門大に戦って欲しくないと思っていますわ。だって、門大はわたくしなんかとは違って、戦いなどとは無縁の世界にいたのですもの。わたくしのわがままで、戦いに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」




 クラリスタが、駆け出したと思うと、門大の胸の中に飛び込んだ。




「わたくしを守ると言ってもらえて、とても嬉しいですわ。けれど、門大。わたくしはあなたが生きていればそれでいいのですわ。あなたこそ、絶対に無理だけはしないで下さいましな」




 門大の顔を見上げて、クラリスタが言う。




「クラちゃん」




 門大の目とクラリスタの目が合う。




「転生者。いえ、今から、石元門大と呼ぶわね。イチャイチャしてるとこ邪魔して悪いけど、あんた達、忘れてない? あんた達は、どっちかが死んだら、もう片方も死ぬのよ? ――やっぱりね。クラリスタ、あんたのその顔。忘れてたでしょ?」




「イチャイチャとか言うな。それに、クラちゃんをいじめるな」




 門大は、キャスリーカの方に顔を向けて言った。




「あー。はいはい。もうその話は終わりでいいわね。なんかそういうの見てると、私達もイチャイチャしたくなって来るから、今から、神龍人の事を教える事にしたわ。上に行って龍達と戦いながら教えるつもりだから、すぐに力の使い方も、戦い方も覚えられると思うわよ」




「いきなり実戦って事か?」




「そうよ。その方が練習にもなるし、龍達を殺せるしで一石二鳥だわ。心配はいらないわよ。龍達相手なら、まずやられる事はないわ」




「わ、わたくしも、門大と一緒に行きたいですわ」




 クラリスタが門大の胸の中から、ちらっとキャスリーカの顔を見て言う。




「クラリスタはここに残って欲しいカミン。これから戦う神の事と神との戦い方を教えるカミン」




「そうだわ。クラリスタ。これを渡しておくわ」




 キャスリーカが言うと、片手に持っていた拳銃を消し、両方の手の中に一振りずつ、長さも幅も形もまったく同じ、オーソドックスな両刃の剣の形状をしたグレートソードを出現させた。




「それは、先ほど、あなたと戦った時に使った剣と、形は同じようですけれど、色が、違いますわね」




 剣を見つめたクラリスタが言い、顔の向きを変えると、門大の顔を見上げる。




「門大。名残惜しいのですけれど、今は、行きますわ」




 クラリスタが門大の板金鎧で形作られている胸に、手で触れながら言った。門大は頷き、うん。と言って、クラリスタを送り出す。




「これは私の体の中にある歯車から作った剣なの。人間であるあんたが、これを使って斬れば、神の体は再生しない。それと。この剣なら私の体の透明な部分も斬る事ができるわ」




 キャスリーカがクラリスタに、二振りの剣を渡す。




「重さといい手触りといい、あの剣とまったく同じような感じがしますわ」




 クラリスタが手に持った二振りの剣を、ためつすがめつしながら言った。




「あの剣はこの剣に似せて作ってあったのよ。こっちが本番用。あっちは練習用ってとこ」




「クラリスタ。その剣は君にあげるカミン。戦いが終わった後も持っていて欲しいカミン」




 クラリッサが言った。




「神を斬る事ができる剣ですのよね? 大事な物ではないのですの?」




「私達の事をいつでも斬っていいって事。この戦いが終わったら、私達の事は好きにしていいって言ったでしょ?」




 クラリッサとキャスリーカがクラリスタの目を見つめる。




「分かりましたわ」




 しばしの間をおいて、クラリスタが言った。




「じゃあ、石元門大。上に行きましょ」




「門大。御武運を」




 クラリスタが、門大に駆け寄って言う。




「クラちゃん。ありがとう。行って来る」




 門大は、持っていた剣と指輪をクラリスタに手渡した。




「そうそう。二人とも、私はね。この戦いで死ぬ事があるって事は、あんた達に言わなくていいと思ってたの」




「どういう事ですの?」




「簡単な事よ。あんた達は絶対に死なないから。私達が絶対に死なせないから」




 キャスリーカが凄みのある笑みを、顔に浮かべて言った。

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