二十 クラリッサのお願い

「いつまでくっ付いていますの」




 クラリスタがクラリッサを引き剥がす。




「しょうがないカミンね。お兄にゃふが困ってるのでそろそろお遊びはやめるカミン。まずは、そうかミンね。なんの話からするカミンかね」




 クラリッサが言って、テーブルの所に戻ると、先ほどいた位置に腰を下ろした。




「クラリッサ。ありがとう」




 門大は、テーブルの所に向かう。




「お兄にゃふ。わたくしも、何か呼び方を考えた方がいいですわよね?」




 クラリスタが言った。




「クラちゃん。クラちゃんは今のままでいい。今のままの君が好きだから」




「門大。分かりましたわ。今のままでいきますわ」




 クラリスタが嬉しそうに言う。門大は、笑顔で頷きつつテーブルの傍まで行くと、先ほどまでいた場所に腰を下ろした。




「まずは、もう今更だけど、僕は、クラリッサ・ド・エスパーダアルヴィトで間違いカミン。転生を繰り返して、向こうの世界に戻って来たカミン」




 クラリッサが言い、門大の顔を見つめる。




「こちらも今更ですけれど。わたくしの家系にあの力、偉大なる力をもたらした御先祖様が、あなたみたい人だったなんて、がっかりですわ」




 クラリスタが言い、門大の顔を横に向けた。クラリッサが微笑む。




「色々な経験をした結果、こうなっちゃったカミン。てへぺろカミン」




「なんですの? てへ? ぺろ?」




「クラちゃん。相手にしなくていいから。クラリッサ。話を進めてくれ」




 クラリッサがちょっと悲しそうな顔をする。




「かわいい。てへぺろなあ。かわいい」




 門大は、これはいけない。と思うと、慌ててフォローした。




「なんか、適当カミンな。まあ、いいかカミン。今は許すカミン。話を続けるカミン。それじゃ、僕がここに来た理由を話すカミン。僕は、お兄にゃふにお願いがあってここに来たカミン」




「お願い? 門大に何をさせる気ですの?」




「お兄にゃふがクラリスタから引き継ぐ事になった雷神と炎龍の力を僕の為に使って欲しいカミン」




「そうでしたわ。門大。あの話、わたくしと雷神と炎龍を別々にするという話は、どこまで進んでいますの?」




 クラリスタの言葉を聞いた門大は、正直に言おう。と思う。




「ごめんクラちゃん。向こうに戻ったら、たぶん、俺と君は別々の体になってると思う」




「そんな。わたくしはあんなに反対しましたのに」




 門大の視界が涙で滲む。




「ごめん。でも、クラちゃんにもしもの事があったらって思うと、どうしても、君を裏切る事になったとしても、俺は、やった方がいいって思ったんだ」




「門大。わたくしの気持ちはどうなりますの? わたくしは、門大と一緒にいたいと思っていますのに」




俺はクラちゃんの気持ちを裏切ったんだ。今更何を言っても言い訳にしかならない。と思うと、門大は、ごめん。とだけ小さな声で言った。




「クラリスタ。お兄にゃふの気持ちも考えるカミン。お兄にゃふだって辛いカミンよ。けど、それでも、クラリスタの為に、責められるのを承知の上であえてやったカミン。あのままでいたら、確実に、そう遠くない未来に、クラリスタは僕と同じようになってたカミン。そうなったら、お兄にゃふも無事では済まないカミン。クラリスタとお兄にゃふは、魂が繋がってるカミン。片方が死ねば、もう片方も問答無用で死ぬカミン。僕と峰子、峰子というのは、僕の中に転生して来た者の名前カミン。僕達もそうだったカミン。峰子は、雷神と炎龍と一緒になって神龍人になったから不老不死に近い存在になってたカミン。けれど、僕の方が死んだカミン。それで彼女も死んでしまったカミン」




 クラリッサが言い終えると、クラリスタが、門大の顔を動かし、顔を俯ける。




「卑怯ですわ。そんな事を言われたら、わたくしは何も言えなくなりますわ」




「クラちゃん。俺はずっと君と一緒にいる」




「分かっていますわ。門大はそういう人ですもの。けれど、けれども、門大はわたくしの所為で人ではなくなるのですのよ。ずっと、死ぬまで、化物のままなのですのよ」




 門大は俯いている顔を上げる。




「クラちゃん。ありがとう。でも、その事は、気にしなくていい。俺は、あれになるのが、実は楽しみなんだ。俺にとって、あっちの世界の人生は、こっちの記憶はあっても今の人生とは違う。一度死んでるし、人であるとか、そうじゃないとかそんな事はどうでもいいんだ。好きな子の為に頑張れて、その上、その子を守る為の力が手に入って、その子を守る事ができるようになるんだ。俺は、こんなに嬉しい事はないって思ってる」




 門大の目から門大の気持ちとは関係なく涙が溢れ出す。




「お兄にゃふ。クラリスタを守る道はとても険しい道になるカミン」




「どういう事だ?」




 クラリッサの表情が今までに見た事がないような真剣な物になる。




「お兄にゃふを撃った女の子の事を覚えてるカミン?」




「忘れろって言われたって忘れられるもんか。銃で撃たれたんだぞ」




「あの子が峰子カミン。さっきも言ったけど、僕と峰子の魂はお兄にゃふとクラリスタみたいに繋がってるカミン。この繋がりは未来永劫決して切れる事のない繋がりカミン。死ぬ時も一緒なら生まれ変わる時も一緒カミン。ただ、生まれ変わる時は、別々の体に生まれ変わってしまうカミン。同じ時代、同じ世界のどこかに、二人は生まれ変わるカミン。転生前の記憶は、消えてはいないカミン。だから、探し出して会う事はできるカミン」




 門大の目から流れ出ていた涙が止まる。




「それは、素敵ですわ。それなら、わたくしと門大は何度でも再会して、一緒に生きて行く事ができますわ」




「うん。何度生まれ変わっても俺は君を見付け出す。何度でも、二人でずっと同じ時間を過ごそう」




 クラリッサが寂しそうな笑みを顔に浮かべた。




「いいカミンね。僕達もそうなってればよかったのにカミン」




「どういう事ですの?」




「峰子、今は、確か、キャスリーカという名前だったはずカミンね。あの子と僕は、何度も何度も転生を繰り返して行く間に、いつしか、憎しみ合うようになってしまったカミン。そして、お互いにお互いを苦しめる為の、戦う為の、殺し合う為の力を求めたカミン。その結果が今の僕カミン。僕は、神の力をいくつか得たカミン。その所為で、こんな、カミンなんていう語尾を付けないと喋れない体になったカミン。あの子も、神の力を得ているカミン。語尾はないけどカミン。あの子の力は見たカミンね。あの子は、あの子が行った事のあるあらゆる世界のあるゆる兵器を呼び出して、自身が直接使ったり、無人の状態でも使役する事のできる力を持ってるカミン」




「あらゆる兵器って、まさか、核兵器とかも使えるって事なのか?」




「もちろん使えるカミン」




 クラリッサが小さく頷く。




「仲直りはできませんの?」




「できないカミン。少なくとも、今は無理カミン。これから、戦いが、戦争が始まるカミン。峰子、今はキャスリーカだったカミンね。あの子は僕を殺しに来るカミン。だから、僕には力が必要カミン。その為に、お兄にゃふの力を貸して欲しいカミン。僕だけでは勝てないカミン。キャスリーカはあっちの世界のすべての者を殺し、すべての物を壊すつもりカミン。なぜなら、あっちの世界は彼女が最も憎んでいる僕が生まれ育った世界だからカミン」




「でも、あいつは、そんな事一言も言ってなかった。俺を、いじめたいみたいな事を言ってただけだ」




「いじめたいと言ってたカミンか。あの子は、クラリスタが、雷神と炎龍の力を持ってると知ってたはずカミン。それなのに殺さなかったのには何か理由があるカミン。恐らくだけど、あの子は流刑地の場所を知りたがってるはずカミン。あそこは、外からは場所が簡単には分からないように、神の力を用いた魔法で隠してて、王家の中でも、一部の人間しか場所を知らないカミン。そしてその人間達には、他人に口外できないように代々伝わる魔法をかけてあるカミン。キャスリーカはきっと、僕が最後にあそこに逃げ込むと考えてるカミン。あそこを見付ける為に、お兄にゃふを殺さなかった可能性があるカミン」




 門大の脳裏にキャスリーカの言葉が浮かび上がる。




「そういえば、あいつ、あなたが流されたら、流刑地の場所が分かると思う。とかって言ってた」




「大した余裕カミンよ。僕がお兄にゃふと会ったら、その力を借りるかも知れないって分かってるはずなのにカミン。ひょっとしたら、僕が知ってる他にも何かしらの別の力を手に入れてるのかも知れないカミン」




 クラリッサが言い終えても、事態の急展開と深刻さに、門大は何も言葉を出す事ができず、クラリスタも何も言わず、部屋の中に、重々しい沈黙が広がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る