ケーキ屋さん家の花ちゃん

 僕はまぁるい大きなケーキを食べたことがなかった。

 ケーキそのものも、めったに口にしたことがなくって、記憶にあるのは学校の給食や友達の家で食べたことがある程度だった。


 いつかいつか、食べきれないぐらいでっかくて、まん丸いケーキを食べてみたい――。


 僕は憧れ続けていた。



 小さい頃に出て行って行方不明になってる父ちゃんの借金を返すべく、母ちゃんは朝昼晩と働いていた。

 贅沢は出来ない。

 たまに家にあるおやつは大袋の飴玉を日に一個とか、誰かがくれたせんべいを砕いて一日一欠片とかだった。

 近所からもらった柿とか、母ちゃんが仕事先で誰かからもらった旅行のお土産のカステラには飛び上がるほど嬉しかった。


ひろくん家、一軒家なのに貧乏なの?」

「一軒家ったって、オンボロだし。じいちゃんばあちゃんが住んでる家に引っ越してきたんだ」

「そうなんだ。そっかぁ。あのね、うちはケーキ屋さんだけどね。まだ借りてるお店なんだ。……それから、私の家なんだけど……。あのねぇひろくん、恥ずかしいからから誰にも内緒だよ? 私、すっごく古くておばけが出るっていうアパートに住んでるの」


 学校帰りに花ちゃんと僕は秘密を打ち明けあった。

 父ちゃんが出て行った僕の家。

 ケーキ屋さんはみんなから羨ましがられる家だが、実はまだ経営が軌道にのっていないらしい花ちゃん家。


 花ちゃんは、もう一つ悩みを抱えていた。

 お父さんとお母さんが仲良くないこと。

 僕が遊びに行くと店では愛想が良いおじさんおばさんも、家に帰ると四六時中喧嘩をしているらしかった。

 怒鳴り合う声に耐えられず、花ちゃんはたまらず布団のなかで泣いているって聞いた。


「お金はいっぱいあると良いな。そしたらお父さんとお母さんは喧嘩しないよね? 貧乏じゃなくなったら、浩くんのお父さんも帰ってくるかもしれないよ。仕事で稼いだお金は色んな物を買えるし、旅行とか行けるし、豊かな気持ちにしてくれるって先生が社会で言ってたもんね」

「うん、そうだね」


 僕は実は少し違う気がしていた。

 貧乏ってこと。仲が悪い原因はそれもあるし大部分かもしれないけど。

 でも、難しいけど、ちょっとうちの場合は違うんだ。

 昔、お金が今よりはたくさんある時も、うちの父ちゃんと母ちゃんは喧嘩してたってばあちゃんが言っていたからだ。

 たくさんが、どのぐらいたくさんなら、うちは平和な家族でいられたのだろう?

 お金だけの問題じゃない、何かが、僕の母ちゃんと父ちゃんには足らなかったのかもしれない。



 あれから、数年――

 僕は立派になった花ちゃんの家のケーキ屋さんで働きだしていた。


 今日は母ちゃんの誕生日だ。

 花ちゃんのお父さんであるパティシエの師匠に教わりながら、閉店後にケーキを作った。


 初めて自分で最初から最後まで作った、丸い誕生日ケーキ。


 花ちゃんと花ちゃんのお母さんが、ケーキボックスに入れ、綺麗にラッピングしてくれた。


「ろうそくも入れておいたから」


 そう言って微笑んだ花ちゃんの顔が、僕には眩しかった。

 家族は不思議だ。

 壊れかけていても、修復する家族もある。

 花ちゃん家は今では仲良し家族。


 母ちゃん、僕が作ったケーキを喜んでくれるかな?


 家に帰る足取りは軽い。

 崩れないように大事にケーキを持つ僕の心は晴れやかで、にこにこ笑う母ちゃんの顔が浮かんでいた。



         了



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