五年後、怪物学会の権威──『怪物』『怪物学者』『学会長』『厄災』『災害』『闇の魔術師』『禁忌の魔術師』『教祖』『人でなし』『魔術師の面汚し』『最悪の犯罪者』『天才』『夜明け候補』『愚者』『封印対象』


 ──5年後


 小鳥鳴く、木漏れ日のした。


 漆黒の髪と、すべてを見透かしたような紅瞳を持つ、端正な顔立ちの青年が、伝統ある校舎の屋上で、読書をしている。


 屋上には芝と植木、可憐な花も植わっており、緑豊かな自然が再現されている。


 ここは彼のお気に入りの場所だ。


「あまねくすべての生物は次の進化を待っているのだ」


 風が吹き抜ける。

 前髪を揺らす青年は、瞳を閉じて、深い思考にふけりながらつぶやく。


 青年以外誰もいない屋上に、ハイロゥを背中に展開して空を飛ぶ人影が舞い降りる。


 青年は片目を開け、男を見やると、すぐに興味をなくして、また瞼を閉じた。


「『怪物』アルバート・アダン。お前を封印する」


 青年──アルバートへ、そう厳格な声をかけるのは、20代後半の男。

 灰色のスーツを着ており、手には革製手袋、ガッチりオールバックの金髪は、神経質そうな性格を反映している。

 

「この後、授業がある。帰ってくれ」

「魔術協会からの通達は来ているなずだ。おとなしく協会の意向を飲み込むならば、手荒な真似はしない」

「協会の意向を飲んだら、どうなる?」

「お前の価値ある魔術研究および、刻印は未来永劫保存され、これからの魔術の発展に大きな貢献をもたらすだろう」

「つまり、殺人か」

「訂正しろ。封印だ」

「ああ、そうだったな。魔術協会じゃ、殺人のことをそう呼ぶんだった。封印封印」

「減らず口をたたくな」

「……口の聞き方のなってない。こっちは学会長という立場なんだけどな」


 アルバートは立ち上がる。

 手にしていた魔導書を片手に、手を前へ突き出した。


 瞬間、青々とした春の芝を、根元から溶かすように、黒い液体が溢れて噴出した。

 同時に液体のなかから、5体の人影が現れる。


 身長2m、特大の黒革コートを、ピッチピチの着こなしをした巨漢である。

 

 顔は怖く、死人ように青白い。

 だが、どこからどうみても人間だ。


 アルバートは本を閉じて、両手をポケットに入れると、スラっと長い脚で歩み、木陰から出てくる。


 男は「貴様……」と、口に苦い薬草を噛み締めたかのような剣呑な顔をした。


「半年前に勝手に魔術協会員に復帰させられたかと思ったら、これだ。自分の領分でなら、魔術師をどう扱おうと許されるとでも思っているらしい」


 アルバートがひとり高笑いする。

 その隙に、男は袖をめくり、刻印を輝かせた。小慣れた所作で『箱』を懐から取り出し、魔力を充填させ、魔道具を起動する。


 箱から濃密な魔力が溢れる。


「ラータ、ルヴェ、コスモ──箱の中の宇宙」

「古典派。堅実な暗殺ではある」

「お前はもう逃げられない、ここが墓場だ、『怪物』!」

「興味深い遺言だ」


 男の箱から、黒い世界が飛び出した。

 かと思うと、それは瞬く間に、屋上で睨み合う両者を包みこんでしまった。


「魔術協会に歯向かったこと、後悔しろ!」

「権威主義者め。そんな、つまらない事にこだわるなよ。つまらない人間になるぞ」

「っ、貴様、骨の一片まで残さぬぞ!」


 箱の中の宇宙。

 それは、古い題材のひとつ。


 長い魔術史のなかで、何度も研究され、何度も没落していった研究分野だ。


「これが現代の箱の威力だ」

 

 暗い世界がすこしずつ明るくなっていく。

 

 それは、空の光、夜の闇を切り裂くような流星の一閃だ。


 有体に述べるならば、それは、ボールほどの小隕石の招来である。


「限定空間、設置型魔術式……かび臭さが目に見える様だ」

「薄気味悪い怪物もろとも、灰燼に帰せ!」


 この小隕石は絶対に的を外さない。

 当たったという結果を確約する、運命干渉の術を組み込むことで、成せるマジックだ。


 ゆえに、この『箱』のなかは術者に圧倒的な地の利が約束されている。


 蓄積された魔力量。

 あらかじめ刻まれていた魔術式。

 最適化された環境。


 『箱』の発動を許し、取り込まれた時点で、勝ち目はなくなる。


 それが、竜の学院封印部に所属するプロならなおのことだ。


 隕石接近、着弾──。


 男の招来した小隕石がアルバートもろとも、あたりを蒸発させながら吹き飛ばす。


 暗い空間全体にひびが入った。

 限定的な結界が耐えられるギリギリの火力だ。

 

「一撃の火力にアジャストした最高威力の魔術、皇帝星の公転で加速された全エネルギーの衝突だ。竜すら容易く絶命させるだろう」


 男は、自分には被害が届かないよう、緻密に張られた結界の内側で勝ち誇る。


 すべてを破壊した真っ赤な火照りが、収まってきた。


 視界が少しずつ効く様になってくる。


 男は「結果を見届けるまでもないか──」と、『箱』を解除しようとする。


 すると「温かいじゃないか」と、呑気な声が聞こえてきた。


 男は顔をあげる。


 立っていた──『怪物』が。

 真っ赤に蒸発して溶解したマグマの中心で。

 ほがらかに微笑みながら、小隕石を片手で受け止めて。


「………………ば、ばか、な……ッ?!」


 男は人が真に受け入れがたい事実に直面したとき、本当に何もできなくなってしまうのだと、痛烈に実感しつつあった。


 マグマに照らされるアルバートの顔が、「何がおかしい?」とでも問うように傾げられる。


「魔術とは世界の模倣だ。そして、現代魔術とは、より至近距離的な思想を得た、魔法生物たちの模倣の歴史である」


 アルバートは真っ赤な小隕石をひょいっと投げて、ひくひく鼻を近づける。たやすく岩を溶かす赤熱に「宇宙の香りはしないな」とつぶやく様は、正気を疑わせる光景だ。


「夜空に魅せられた者、吸血鬼に魅せられた者、海に魅せられた者……残念だが、現代魔術師ではアダンの魔術に──否、この俺の魔術に追いつくことは不可能だ」


 アルバートは「ダ・マン」とつぶやき、小隕石を、5体召喚した怪物の一人に投げ渡す。


 怪物──ダ・マンと呼ばれた青い黒トレンチコートの巨漢は、小隕石を握った腕を大きくふりかぶった。


「投げるつもりか? はは……馬鹿め、小隕石の衝撃波を耐えた結界を破れるわけ──」


 男の言葉は途中で遮られた。

 直後、夜空を背負っていた天は、昼間の明るさを取り戻す。


 『箱』が解除されたのだ。

 ほかならぬ、術者の死によって。


「本物の隕石のサンプルは貴重だ、回収しておけ」

「了解です、マスター」


 春の心地よい日和の中、まるで場違いな、頭のない遺体の隣に彼女は立っていた。


 灰色の髪の美しい少女は、血まみれの不思議な石ころを、どこからともなく取り出した小さな鞄にしまいこんだ。


「それよりマスター……怪我、平気?」

「お前は俺の事を殺そうとしてると思っていたが。そんなに俺のことが好きだったか?」

「わりと。でも、そういう意味じゃない。怪我の事を聞いたのは、最近、ティナが心配してるから」

「そうか」

「他に言うことは?」

「何もない。あいつには元気にやってるとだけ伝えて置けばいい」

「可哀そう。話、してあげて」

「……。暇な時間ができたらな」


 アルバートは寂しそうに、それだけ言い放ち、足早に屋上をあとにした。

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