「これが、トラスパレンツァ図書館、その地下にある我々の職場の様子だ。今居る場所は4枚目のB4-5区、その端っこのここだな」

 全体的には同じ作りだと千珠咲は言ったが、階数を示す始めの数字B64まである。つまりその階数分だけ地下に施設があり本があるということを示していた。

 さらに千珠咲はその数字の多さをみて驚く仄に「これからまだまだ増えるかもしれないがな」と付け足す。全ての階の区画は18あり、Tという人物はB17-8区に居るという。

「取り急ぎ、覚えなければならないのは施設の上下の移動方法とその場所、それからB4の区画場所だ。建物のアイコンの下にある人型をしたアイコンをタッチしてみろ」

 今度は右にあるモニターに顔写真とアルファベットに経歴が記されたファイルが現れた。

「ここで働いている連中のプロフィールだ。なるべく目を通しておけ。ちなみに重なったアルファベッドは無いから安心しろ」

「重なったものが無い? こんなに広いのに職員がそれだけしかいないということですか?」

「気にするのはまずそこか。そうだ、この場所は厳選職と言ってもいい。能力値の高い、私が気に入ったものしか働くことはできない。今のところワンフロワーに1人という感じだな」

「ワンフロワー1人って。作業効率とか考えてます?」

「効率を考えているからこその厳選人選だ。10人の無能を雇うより1人の有能を雇うほうがいいだろう?」

「有能を10人雇えばいいでしょう」

「有能な奴って言うのはな、そこらへんに落ちてないんだよ。何より私の眼鏡にかなう者がおらん」

 ため息交じりにそういうと、一息置いて今度は仄かに向かって非常に偉そうに「Tへの紹介と地上の部屋への案内は明日にするから兎に角今日はそれを叩き込んでおけ」と言って部屋を後にしようとする千珠咲。その背中にむかって、仄は聞く。

「どうして、本に存在する思考が半実体化するのか、答えを聞いてませんけど」

 突然の問いかけに足を止めて肩を少し震わせるようにして笑った千珠咲は、ほんのわずかに顔を後ろに向けて、瞳の端に仄を映し言葉を返した。

「知ってどうする? 知ったところで仕事の内容が変わるわけでもないだろう」

「疑問に思うから聞いたんです。貴女が本を飲み込んだこともそうですが、この場所に着てから起こることは非科学的なことばかりで、普通の人間であるならどうなっているのだろうと思うでしょう」

「普通、か。それこそ何を持って何が『普通』であるのか」

「はぁ? 」

「いや、貴様は見たものをそのまま信じるんだろう。だったら別にどうなっているのかを気にする必要は無い。『そうである』という事実だけを受け止めていれば良い」

「また乱暴な結論で煙に巻くつもりですか? 」

「まさか。私はちゃんとお前の疑問に応えてやっている。違うとすればお前の指す『普通』は、私にとっては『普通』ではないという事ぐらいだ。これからお前もこれが日常となるのだから無駄なことは考えずにただ目の前のことに慣れるんだな」

 妖艶な笑みを浮かべて立ち去る千珠咲に仄はさらに質問することはせず、大きな溜息で閉まるドアを眺める。

 今までの会話を考えればさらに詰問したところで千珠咲はのらりくらりとはぐらかして終わるのは目に見えていた。

 それに今からこの膨大な情報を頭に叩き込まねばならないのだから、千珠咲の言うとおり無駄なことは考えないのが得策なのだろう。

「はぁ、厄介な上司をもってしまったのかもしれない」

 仄は溜息ばかりが出る中、資料を大画面から手元のタブレットに移し、寝室の壁に設置されている外部との荷物の受け渡し口に到着した自分の荷物を片付けながら、頭の中に資料を整理して詰め込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る