「ここには本しかない。実際、この書庫に職員は配置されてないから存在しているのは私とお前だけだろう。だが、お前も腐っても第七島出身、気付いているはずだ」

「腐ってもは余計だと思いますけど。やっぱりあの気配は気のせいではなかったんですね」

「当然だ」

「でも、私たち二人だけなのにどういうこと」

 眉間に皺を寄せ、矛盾を考える仄に視線を向けたままLiVeが持ってきた本を手に取った千珠咲はこういうことだと本を開いた。

 とたん、陽炎のように揺れ動く数多くの人影が辺りを埋め尽くし、口々に己の言い分を話し始める。まとまりのない会話は静けさだけだったこの場所を一気に騒がしいものにした。

 驚き、ただ呆然としている仄に一体の影が近づく。

「さて、主はどう思う?」

「え?」

「主はかのものが提唱する論理にどう思うのかと聞いているのだ」

 そう聞かれても一体何のことだか分からない,。

 どうすればいいのかと戸惑っている仄を見かねて千珠咲が立ち上がる。

 無数の影を存在していないもののように扱い、まっすぐ消し去るように進んできた千珠咲は影に向かって、

「そうだな、間違っては居ないかもしれないが、まだまだ考えが甘いといえる、その甘さがなんなのかは己で考えねばならぬだろう。それがお前の使命であり仕事だ」

 といい、それを聞いた影は数度頭を前後に振って、

「ほぉ、やはりそうか。なるほど、納得だ」

 と答えた。影が納得する声を出したところで、千珠咲は首を少し傾け、それを合図にLiVeが本を閉じる。

 すると辺りに居た影は空気に溶け込むように姿を消した。騒がしさの前にあった静けさにつつまれて仄は大きく息を吸い込んで吐き出す。

「一体、何なんですか」

「これが、お前の感じていた気配の正体だ。今のように本を開けば現れる奴もいれば、勝手に出てくる奴も居る」

「だから、なんなんですか。あの本から出てきた人達は」

「なんだ、わからないのか。頭が固いな、まぁ、ベースがジャパニーズじゃしようがないか。彼等は読み手だ」

「読み手。作者ではなくですか?」

 自分の答えに対して作者という言葉を発してきた仄に千珠咲は口の端を大きく引き上げてにやつき、じっとりとした視線を仄に送った。

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