そらに夢見る者達の言葉
ななくさつゆり
第1話【追想。星を指した日】
まだ自分が幼かった頃の、忘れられない記憶。
いまはもうこの世にいない兄との、とりとめのない言葉のやりとり。
年の離れた兄が、まだ小さかった私と手をつないで、私たちの頭上にどこまでも高く広がっていた夜空に人差し指を伸ばす。
兄が、
「見てごらん」
と、視線を、高く深い藍色の空のさらに奥へと促してくれる。
——奥には、
あの頃の私はまだ背が小さくて、せいぜい兄の腰に届くくらいだった。兄は私を気遣って、頻繁にかがんでは視線の高さを私に合わせて話しかけてくれたのをよく覚えている。
「どの星も輝く中で、あれはいちだんとまばゆいね」
と言っていた。
私は必死に兄の指す先にある星の在りかを探す。ベランダで私たちを囲む夜風は冷えて冴えていた。手をつなぐ私たちの間をそよぎ、吹き抜けていく。
「おほしさま、どこですか?」
「ほら、あの少し緑色がかった——」
「……あっ」
——見つけた。
そのとき、兄の指先に星が乗っているように見える。それに合わせて星を指すと、兄が嬉しそうにほほ笑んでくれたのだ。
「見つけたかい? 僕の目指す星」
「めざす、ほし?」
兄は頷く。
「そう。僕の目標みたいなものさ。遠くて、高くて、手を伸ばしても届かないような気すらする。それでも——」
兄は腰をかがめて、私の目の前に指の輪っかをつくった。
「ほら。こうしたら……」
その輪っかは、頭上の星を囲んでいる。
兄は、ほっこりと柔らかい笑みを浮かべて吐く息を白ませながら、
「目指す星は僕の手の中」
そう言い切り、少しして「ふっ」と軽く吐息を切るように笑った。
「なんてね。……想いを馳せるだけでなく、いつかは。本当に届きたいものだ。あの星まで」
当時の私は、兄の冗談交じりの言葉に混ざる、その思いの深さと厚みが解らなかった。だとしても、兄の言葉は妙に私の内側に響く。
それで私は勇気を振り絞り、言ってしまった。
「なら、わたしも——」
「リナ?」
この時、兄のマット……マシュー・セヴァリーに言い放った言葉が、大人になるまで尾を引くことになる。
「わたしも、あのおほしさまをめざします!」
——いつか、私が連れていく。
そんな大それたことを言ってしまった。
すると兄は、
「そうだね。ありがとう、リナ」
「うん。おにいちゃん」
あの時の兄は、落ち着き払った声で私の瞳を見つめ、温かい言葉を返してくれた。
それが、あのときの私にはたまらなく嬉しかった……。
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