第35話 あたしの胸で……(胸ないけど)
「お前達は良くやった。良くやったさ。昨年の今頃、インタビュー受けるなんて考えた事があったか?女子にキャーキャー言われる事なんて考えてたか?監督が奢ってくれるなんて考えた事があったか?」
「俺は春の大会で善戦した時から嫁から生徒にお金使い過ぎで自分の家庭や子供達に使わないダメ親父って言われてるんだぞ。」
「その代わり良い先生、監督であり続けろよとは言われてるけど。」
熱弁を振るってるのは控室に戻ってくるなりメンバーを集めての激である。
通常、お前達は良くやった、お前達のやってきた事は無駄ではない、今後の人生できっと役に立つ。
在校生にはお前達には来年がある、いや秋の大会から春を目指す良い糧になった、前を向いて行こう。
などである。
ちなみにこの控室にもテレビ局は入っている。この場面を使われたら監督はきっと奥さんにどやされるだろう。
「何が言いたいかというとだな……ここまで連れてきてくれてありがとう。次はお前達の番だ。」
「大体、この試合どちらのチームもノーエラーノー四死球だぞ。お前達に限れば大会中失策0だぞ。どんな名門でも失策0なんて中々出来ないのに。」
「かんとくぅ~」とみんなが感動している中……
「来年は私を甲子園へ連れてって。」と監督がてへっという感じで言い切った。
「かんとくーーーーー」
「結局自分のためかーーーー」
「朝倉ちゃんにあやまれーーーー」
桜高校マネージャーの名前は朝倉澪である。
「あ、朝倉……なんかごめん。」
監督がマネージャーに謝罪していた。
「ヨっちゃん……」
監督の名前は吉田吉影である。この作品は「ヨッチ」だったのか。
恐らくオンエアでは「マネージャー 朝倉澪」とテロップが出るのだろう。
若干引いているテレビ局の人をそっちのけで桜高校の面々は淡々と試合後ミーティングを行っていた。
監督は3年の一人一人に二言程言い残し、キャプテンでもある小山に突然真白は呼ばれる。
「秋からは……いや、この夏からはお前がキャプテンだ。」
「おーーーー」
という声が随所から上がる。順当に考えて成績からすれば、柊か白銀の二択だろう。
1年含めて選ぶとなれば別であるけれど。
「謹んで遠慮致します。」
「えええええーーーーーー」という声があがる。
「キャプテンは鬼コーチ種田恵が良いと思います。」
「ちょっ、おまっおまえ。私は選手ですらない……というかダメだろ。女キャプテンとか。」
甲子園のグラウンドに女子は立てないけれどベンチは可能。
ノッカーとしては参加出来る。
部員であれば決して主将任命不可な案件でもない。
「なんか海賊みたいだな、女キャプテンとか。」
誰かが言った。
「まぁ冗談で。主将を任せるなら全体を見渡せる八百が適任だと思いますよ。」
「確かに。じゃ、キャプテンは八百。お前に任命しても良いかな?」
監督が改めて八百に声をかけると、八百は顔をあげて決意を胸に大声で返答をした。
「いいとも~」
お昼休みはうきうきうぉっち~と流れてきそうな返答だった。
「では新キャプテンから一言か二言。」
どっちやねんと多方からツッコミが入った。試合の悔しさを感じさせない明るさがそこには包まれている。
「来年とは言わず、春センバツ出場目指して夏休み後半から合宿して鍛えるぞー!」
「お前らコ〇ケ後も戦場だーーーー!」
夏休み後半からというのはコ〇ケが終わってからでないと参加しないのが数名いるためだという事が予想つく。
「本音は?」
真白が聞き返すと。
「秋の大会で良いとこ見せて彼女作るぞー!」
八百は素直だった。
「まぁ目的のためには目標を掲げるのも悪くはない。羽目を外さないようにな。」
監督はしれっと言った。本当に1時間前まで激闘を演じていた者達とは思えない清々しさがこの空間には広がっている。
「ささ、お前らはよロッカー行って着替えろ。」
監督の言葉で控室から出ていく選手達とテレビ局。
柊真白は最後の一人となった事を確認すると……
「悔しくないわけないじゃないか。」
ぼそっと独り言を呟いた。誰が言葉を返してくるわけでもなく自分に言い聞かせるかのように。
「完全にタイミングも芯も狂わされた。手ごたえはあった、でも狂わされていたのはわかった。」
「ただの完敗だよ。全力疾走したのはそれを簡単に認めたくなかったからだ。万一間を抜けるかもという思いもあったけど。」
「あー悔しいなぁ。」
真白は顔をあげて天井を仰いでいた。目から液体が溢れてこないように。
「でも、頑張ってきたのは知ってるよ。八百や私らとの居残り練習が終わった後、澪のバッティングセンターで色々なパターンでバッティング練習しているのも知ってる。」
横目に声の方向を見るとそこには更衣室へ行ったはずの種田恵がまだユニフォーム姿で立っていた。
「気付いたらHRの数が増えてたからな。嫌でも気付くって。まぁ澪が教えてくれたってのもあるけど。」
いつも真白と会話する時にはどもったり喧嘩口調になったりしている恵が普通に会話していた。
「あたしは見てた。必死に喰らい付くのも、打球の行方も見ずに一生懸命走ってるところも。」
恵の声と表情が試合中の激しいものとは違いとても優しい菩薩をも思わせる。
それは思わずバスケがしたいです……と涙を流してしまいそうな。
恵もまた少し顔を上に向けている。
「だから悔しいのはあたしもわかる……とは言っちゃいけないけど。練習見てきたし付き合ってきたし少しはわかる。」
「はぁぁ。そういう時は無理しなくても良いと思うぞ。今ならあたししかいないしな。」
「ほら、あたしの胸貸してやっから。」
恵に他意があったわけではないのだろう、言葉の綾とでもいうのが正解か。
自分の胸をバンバンと恵は叩いて真白を招いた。
「なぅ、なっ!?んんっ」
真白は恵のユニフォームの胸元を掴んで、ぐっと歯を食いしばった後そのまま頭を胸に当てて……胸に顔を埋めてふるふると震えていた。
控室には小さな嗚咽が木霊し、恵のユニフォームに小さな水玉模様を形成していった。
参考までに桜高校の主たるメンバー3人の7試合の成績
この個人成績を見ると誰が昨年まで万年緒戦敗退のチームと思うだろうか。
そこにきてチーム失策0……
秋以降注目されないはずがない。
――――――――――――――――――――――――
後書きです。
ましろん、めぐみんの胸の中で泣いちゃいました。
そして何この甲子園出場校でもトッププラスの個人成績。
1回戦からで試合数7とはいっても凄い。
余談ですが、壇之浦の下の名前をトンネルにはしませんでした。
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