9-3
自室に入って携帯を確認すると、雛さんからメールが来ていた。日本語だった。
<例のニュース、アメリカにも伝わりました。まだ私達だと特定されてはいないけれど、近いうちに罪を認めて謝罪するつもりです>
謝罪なんていう軽いもので済むか、と思っていたら、また着信があった。
<お姉ちゃん夫婦は、彼女のことを含め、このことを知ってますか>
[ニュースで大々的にやってるから、大筋は知ってるようです。でも雛さんが僕に話したような細かいことは、何も知りません]
親子だけど、敬語を使う間柄になっていた。
すぐに返信が返ってきた。
<了解です。彼女は大丈夫ですか>
「……大丈夫なわけねぇだろっ」
携帯をベッドに叩きつけた。
彼女が抱える心の痛みは、相当なはずだった。いくら人間じゃないと言われても、彼女には心があるんだって信じていた。僕を想ってくれるのだから。
だからこそ痛みも感じているはずだし、僕が代わりにその痛みを背負いたいと思った。
彼女は2人の研究者の思惑から生まれ、外道の存在として隠れて育てられ、今新たな苦しみを味わっている。雛さんの神経を疑った。
科学者ってそういうものなのか? 僕達は同じ本を読んだのに、なぜ生き方や考え方がこんなに変わってしまうんだ?
祖母に聞きたかった。あなたの娘には、一体何が起こっているのかと。
「響也くん? 何か音したけど大丈夫?」
ドア越しに伯母が話しかけてきた。
「……何でもない。大丈夫だよ、ありがとう」
優しい伯母に嘘をつき続けるのも、すごく苦しかった。
雛さんからのメッセージは無視して、部屋の電気を消した。
翌朝、学校は異様な雰囲気に包まれていた。
「あの雑誌に載っていたの、お宅の制服でしたよね?」「どの生徒さん? お話伺えますかー」「何年生なのかだけでもお聞かせくださーい」「校長はこのことを知った上で入学を許可したんですか?」「もしかして病院から賄賂とかもらってます?」「このままだとかなりまずいことになると思いますよー」「校長、逃げるんですか?! 真実をおっしゃってください!」「校長!」「校長っ!」
正門の前には数え切れないくらいの報道陣がいて、校長は「現時点で何もお話することはありません」と答えていた。生徒指導担当の先生などが通学路の途中に立っていて、生徒に対して正門ではなく北門から入るように伝えていた。
校長の答えが淡白だと分かると、記者達の関心は生徒に向いた。カメラこそ足元しか写していないものの、物珍しそうに報道陣の様子を窺うかがう生徒に、巧みに声をかけていた。
「今回の騒動についてどう思いますか?」「どの生徒さんか、特徴だけでも知ってる?」「顔映さないし、声も加工するから大丈夫だよ」
口を開こうとする生徒は大体学年も違うし、蘭のことなど知らなさそうな連中ばかりだったけれど、余計なことを話させまいと先生が慌てて止めに入っていて、報道陣との揉み合いが続いていた。
特に僕のクラスの生徒は1番喋ってはいけない部類なので、学年主任の先生が報道陣には感づかれないように、でも徹底して僕達の足元すらカメラに映らないように通路を作っていた。
教室に入ると、みんなは好奇の目をしつつも表情はどこか疲れていた。なぜ自分達のクラスにこんな厄介なやつがいるんだ、と言わんばかりに。
そして5分ほどして、その対象は目立たないように入ってきた。けれど、真理達の視線はすぐ彼女に注がれた。
「ねぇ、何とも思わないの? この状況」
蘭は俯向くままだった。
「あなたのせいで、私達の平穏な学校生活が奪われてるの。校長先生も大変な目に遭ってるの。どう責任取ってくれるの?」
「ちょっと真理、それは」
「響也は黙ってて。こっち側の人でしょ? 私が言ったこと、忘れたの?」
蘭は僕の方を見て、小さく頷いた。僕は目を伏せた。罪悪感ばかりが込み上げてきた。
「そもそもあんた、ここにいる資格ないよね? たった1年で、付属にも上がれないのに転入してくる時点で不思議だったけど、やっぱ訳ありだったんだ。不正入試でもした? お金積んでもらった?……まぁそれはどーでもいいんだけどね。とにかく、ここは人間のための場所。それ以外はお引き取り願います。怖いもん」
真理の父親が権力者であることをみんな知っていたし、言動1つで僕達の合格が保障されなくなりそうなことは容易に考えられた。一般入試なら点数という絶対的な証拠があるけれど、推薦入試はそれがないからだ。だから僕達は誰も、真理を止めることができなかった。報道陣への対応にてんやわんやなせいで、朝礼の時間になっても先生達は教室に来ず、真理の独壇場が続くことになった。
「何黙ってんの? 喋れる高性能な人工物なんだから、何か言いなさいよ」
「なんでっ、なんで急に態度変えて……!」
「は? だって人間じゃないんでしょ? 中に薬入ってんでしょ?人 間じゃないなら何しでかすか分かんないじゃん、怖いじゃん。殺されるかもしれないじゃん。今まで信じてた私達がバカでしたってことだよ」
「そんな言い方……殺すわけ……っ」
真理の口調はさらに強くなった。
「何、喋ると思ったら謝罪の言葉すら出てこないじゃん。迷惑かけてるの!分かってる? 人間じゃないから自分で制御できないでしょ? 絶対殺さないなんて言い切れないし。とにかく怖いし迷惑。出てって?」
そこで担任らしき靴音が近づいて、僕達は何もなかったかのように席に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます