9. 漆黒のpain

9-1

 それから2週間くらい経ったある朝、1人の生徒が雑誌を持ってきた。


 持ってきたのは、田中真理だった。蘭と同じ日に休んだ生徒だ。これ見て!と言う彼女の周りを、いつも一緒にいる女子たちが一斉に取り囲んだ。


「これさ、うちの学校の制服だよね? 私、休んだ時にこの子見たの」


 僕は気になって、その集団に近づいた。真理を取り囲む輪は徐々に大きくなっていた。


“現場医師が独白! 腫瘍内科で秘密裏に行われていた闇治療”


 大きな太字で書かれたタイトルを見た瞬間、僕は女子達をかき分けて、記事を詳しく見ようとした。真理は目の色を変えて割り込む僕に気づいた。


「ねぇ響也……これって、彼女だよね?」


 え、彼女? なになにどうした、と周囲がどよめいた。僕は無視して記事に近づいた。


 タイトルの横に載った小さな写真には、部屋に入っていく女子生徒が写っていた。制服は、僕達が見れば明らかに自分達の学校だと分かるものだった。顔の辺りはモザイクがかけられ、目元には黒い太線が引かれていた。


 食い入るように写真を見つめていると、上から真理の声が降ってきた。


「私さ、おじいちゃんが心臓病でここに入院してて。あの日、危篤でいよいよ大変だ、って連絡が入ったから、急遽学校を休んだの。それで病室に行く途中で、たまたま腫瘍内科の前を通ったら、うちの学校の制服着た子を見つけたの。走って横顔を確認したら、蘭にすごくよく似てた。後で聞いたら、蘭もその日休んでたんでしょ? これって、ただの偶然じゃないよね」

「……いいから、それ一瞬貸せ」


 蘭はまだ来ていなかった。真理から半ば奪い取る形で、急いで記事に目を通した。


“……写真の彼女は、週に2回も採血をしていたという。A医師に理由を尋ねると、驚きの事実が。なんと彼女の体内には、ガンを良性に変える薬品が仕込まれている、というのだ”


“アメリカを拠点に活動しているB氏とC氏が進めてきた研究で、1年ほど前に協力を依頼されたという。両氏は共に医療分野等の研究で数々の実績を残してきた実力者であり、特にC氏は“天才科学者”と呼ばれていた。そのためにA医師らは協力を決めたが、多くなる採血に苦しむ最近の彼女を見て、やはり倫理的に大いに問題があると感じた。そこでA医師は悩んだ末、本誌に全てを語ることを決意したそうだ”


“「この事実をお伝えすることは、本当に苦渋の決断でした。この薬のおかげで経過良好の患者さんも、この事実が明るみに出たら、きっとこの治療は中止されてしまうからです。既にこの治療を適用している患者さんやそのご家族には、深い悲しみと絶望を与えてしまうと思います。ただそれでも、やはり適切な方法で医療は行われるべきなのです」……A医師は声を震わせながら、でも真っ直ぐな眼差しで、そう締めくくった。前代未聞の闇治療。患者を救うための倫理違反は、果たして正義なのか? この事例は、そんな問題を我々に突き付けることとなるだろう”


 熟読はできなかったが、雛さんが僕に語ったことと同じことが書かれていた。確かにA医師の行動は正しいと思ったけれど、この記事の出方を見る限り、蘭のことまで配慮してくれたようには思えなかった。


「ねえ、まだちゃんと読んでないから、返して」

「……ああ、うん」


 真理に雑誌を返そうとした時、ある文章が僕の目に止まった。


“彼女は人為的に作成された人工物であり、人間ではないのである”


 真理の目線も同じ所にあった。


「うっそ……蘭って人工物なの……?!」


 真理がそう言うと、また周りの女子が騒ぎ始めた。教室のドアに目線を移すと、蘭がこちらに向かってきていた。


 僕は慌てて輪から外れ、何もないフリをしようとした。周囲も感づいたらしく、雑誌は無造作に真理の鞄にしまわれ、騒ぎは途端に収まった。


「あ、真理おはよう」

「お、おはよっ蘭!」


 騒ぎこそ収まったものの、真理の目は明らかに異物を見る目だった。周囲の雰囲気も、何となく蘭を受け入れないようなものに変わりつつあった。


「何か話してたの……?」

「んっ、んーん! そんなことないよっ」


 真理は必死に演技したけれど、蘭はどこかで疎外感を感じたのかもしれない。


「……あ、ちょっと用事っ」


 蘭は鞄を持ったまま、今来たばかりの教室を引き返した。


「蘭っ!」


 思わず追いかけようとした僕の腕が不意に引っ張られた。真理だった。


「こっちにいなよ」

「おい……何で?」

「響也は人間だから」

「は?」

「追いかけたら、この雑誌で批判されてる子を助けることになるんだよ。人工物を助けるの? 蘭はいちゃいけない存在なんでしょ? 響也、人間ならこっち側の存在じゃない。目を覚ましなよ」


 無視して教室を出ようとする僕の上履きを、真理がすごい力で踏みつけた。無意識に舌打ちをしたら、思いっきり睨まれた。


 殴りたい衝動に駆られたけれど、相手は女子なので、特に自制しなければならなかった。僕は握りしめた拳を振り上げないように努力した。

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