6-2

 雛さんが家に来た時にはもう、僕の先進理工学部の合格が決まっていた。


 蘭は自分のことのように喜んでくれた。僕も、蘭が満面の笑みで喜ぶ顔を見られたことが1番嬉しかった。


「響也! 帰るの遅れてごめんね本当に! それよりとにかく、合格おめでとうーーっ!!」


 玄関先でcongrats!! と雛さんは何度も叫んだ。雛さんはやはりアメリカンスタイルが骨の髄まで染み込んでいるようで、僕を思いっきり抱きしめた。僕の鎖骨あたりに雛さんの顔が埋まるのを見て、いつの間にか僕は雛さんの背丈を越えていたんだ、ということに今更気が付いた。


「ありがとう、雛さん」

「もーう雛、待ちくたびれたよ! 雛の好きなコロッケ作ったから、一緒に食べよう!」


 伯母の嬉しそうな声が聞こえると、雛さんは途端に僕から離れた。


「えっ?! 本当に?! コロッケ?! やったぁぁありがとうお姉ちゃん、愛してるよ!!!」


 食べ物1つでここまでご機嫌になるなんて。きっと研究に忙殺されて、温かい手料理も満足に食べられていなかったのだろう。雛さんは早速家に上がって手を洗い、伯母のいるキッチンへと向かった。僕は雛さんが持ってきてくれた大量のお土産をリビングへと持って行った。



 花金だねぇ、と言いながら帰宅した伯父も交え、コロッケや唐揚げなどをつまみにして、伯父・伯母・雛さんはお酒を飲みながら、僕はサイダーを飲みながら、僕の学校の話や伯父の会社の話、伯母が通っているヨガ教室の話、僕の祖母の思い出話、拓也さんと雛さんがご飯に行った話などで盛り上がった。未成年の僕から見ても結構飲んで顔に朱がさした雛さんは、今ちょうど医療関係の研究に携わっているということをポロっと口にした。


 僕達4人の宴が終わる頃には、リビングのカーテンに土曜日の朝日が差し込もうとしていた。



 僕は雛さんに例のことを聞くタイミングを見計らっていた。けれど金曜にたくさん飲んだ雛さんは二日酔いになり、土曜日は夕方まで寝込んでいて、夜は短時間で溜まってしまったメールやタスクを次々とこなしていた。日曜日は二日酔いから無事に復活した雛さんと伯母が2人で買い物に出かけたので、やっぱり話しかける機会がなかった。


 けれど、姉妹で仲良く買い物から帰ってきたその夜、雛さん自ら僕の部屋にやってきた。


「なんか響也の顔が見たくてね。部屋まで来ちゃった」


 僕は今がチャンスだと思った。




 物が少ないから、部屋が広く感じるねぇ。ごちゃごちゃの私のラボとは大違いだ、などと笑う雛さんを僕は見つめていた。


 少しして僕の視線に気づいたみたいで、雛さんは小首を傾げた。僕はラグマットを指差して雛さんに座ってもらった。僕もその隣に座って、口を開いた。


「ねえ雛さん。今、医療関係の研究をしてるんでしょ?」

「えっ……あぁ、飲んだ時に少し話したね。そうだよ」

「明日、仕事で病院に行くんでしょ? うちからアクセスがいいって言ってたけど。どこの病院に行くの?」

「あー、うん、えっとね……」


 雛さんは、ある病院の名前を口にした。


 それは、蘭が通っている病院だった。


 ……それなら、何か知っているんじゃないかと思った。


「そうなんだ、仕事、頑張ってね…………あのさ、持病が特にない人が定期的に採血するのって、何か意味があるの……?」


 雛さんの表情が、一瞬固まった、気がした。


「え、何でそんなことを聞くの?」

「いや……友達の友達に、そういう人が、いるらしくて……」


 蘭のことは絶対に口外してはいけない。彼女が特定されてはいけない。だから何とか濁した表現をした。


 だけど、雛さんの顔からは笑顔が少しずつ消えていた。


「採血に行ってるのは、どんな子?」

「あ、や、それは……」

「ねえ響也。教えて欲しい。響也がそんなこと聞くってことが珍しいし、もしかしたら結構重要なことかもしれないから」


 黙り込む僕の目を、雛さんはじっと見つめた。僕は初めて、雛さんを少し怖いと感じた。


 しばらく僕を見つめて、雛さんは痺れを切らしたのか、はあ、と短いため息をついた。何かを悟ったような顔だった。


「明日、病院の前で、午後5時に」


 雛さんはそれだけ言うと、おやすみ、と言って僕の頬に軽く触れ、部屋を出て行った。

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