3. 薄紅色のfavor
3-1
祖母が亡くなり、伯母夫婦との生活にも慣れて、僕は高校3年生になった。前年の時点で文理選択は決まっていて、僕は理系クラスにいた。そして文理関係なく、高2と高3でクラスの顔ぶれは変わらない。担任も変わらない。
だから進級したとは言え、ただ教室の場所が変わっただけだ。そう思っていた。……担任が入ってくるまでは。
「実は今日、転校生の方が来ています」
一瞬、何も変わらないこのクラスに新たなメンバーが増えることに、クラスが色めきだった。しかしすぐに、え、この時期に転校生? あと1年しかないのに? などと、多くの疑問の声が飛び交った。
僕の学校は私立の中高一貫校で、大学の付属校でもある。高校3年間の中で出席や素行などの要件を満たせば、そのまま大学に推薦合格できる。成績が良ければ、学部は選び放題だ。この合否は高3の1学期までの成績で決まる。そして恐らくこの転校生は、超特例でもない限りは要件を満たせず、推薦試験の受験すらできないと思う。
この学校は雛さんが情報を集めて勧めた学校だった。学費は結構高い。たった1年、大学に上がれる保証もないのに、なぜ……。
でもこれは個人の問題だ。少しして、転校生がやってきた。
「初めまして……
ペコッとお辞儀をして、僕達を見た。
肩にかかるくらいの髪を下ろしている。流れるように切られた前髪から、控えめな奥二重がこちらを見つめていた。可愛い、ではなくて、綺麗、な印象。
「はい、みんな仲良くしてあげて下さい。席は……」
進級のタイミングでの転校なので、彼女の出席番号はきちんと50音の始めの方にあった。僕達はその時出席番号順に座っていて、先生は本来の場所に机を運び、彼女を座らせようとした。だが。
「せんせーい、俺らはもう2年目だから席替えしたい、出席番号順つまんない」
クラスで中心的存在の男子生徒が声をあげた。確かに2年生のうちに仲良しのグループはほぼ固定化されていて、出席番号順だと各グループが離散していた。
でも、と言いかける先生を、他の女子生徒が遮った。
「蘭ちゃん? も含めてみんなでシャッフルしたら楽しいと思う!」
「上島さん、初っ端から席替えでも大丈夫……?」
彼女はちょっと笑った。緊張が少しほぐれたようだった。
「大丈夫です、確かにみんなは2年目ですもんね」
こうして始業式当日に早速、くじ引きでの席替えが行われることとなった。
くじ引きをしたら、僕は窓から2列目の、真ん中らへんの席になった。前と左隣は、いつもお昼を一緒に食べるメンバーの一員だったので、席替えして良かったと思った。
そして右隣は……蘭だった。彼女はこちらを向いて、軽く会釈した。
「あ……平野響也です、よろしく」
「平野くんね、よろしく」
「響也でいいよ」
「分かった、響也くんね」
「呼び捨てで平気だよ、他の女子にも響也って呼ばれるし」
礼儀正しさが抜けない彼女に笑って言うと、蘭は、なんか付けちゃうじゃん、くんとかちゃんとか! と言った。
「じゃあ……響也、ね、了解了解。では私のことは、蘭、で」
「よろしく、蘭」
うん、と蘭は頷いた。軽やかな髪が優しく揺れた。
これはみんなが驚いたことだけれど、蘭はものすごく優秀だった。小テストは数学も化学も物理も大抵満点近くを取っていた。クラスで1番の秀才と言っても過言ではなかった。陰では、蘭には推薦入学の超特例が適用されるんじゃないか、という噂まで立っていた。
蘭はいつも明るく、お昼ご飯を一緒に食べるメンバーにも全く困っていなかった。蘭の周りには、似たような雰囲気の優しくて少し控えめな女子が集まった。けれど中心的存在の女子ともうまく付き合っていた。男子とも気兼ねなく話していたけれど、人気の男子生徒に媚を売るとかいうことは一切しなかった。だから女子にも受け入れられてたんだと思う。ただ自慢ではないけれど、やっぱり隣の席の僕が蘭と1番よく話す男子だった。僕と蘭は短期間でかなり打ち解けて、宿題を蘭に教えてもらったり、休み時間に一緒にふざけたりするようになっていた。
ただ蘭には、ある程度打ち解けても話そうとしない話題があった。僕は女子グループでの会話をたまたま聞いてしまった。
「ねえ蘭ってどこに住んでるの?」
「んーまぁ、学校まで歩いて通えるとこかな」
「えー近いね! 今度蘭のお家行ってみたいなぁ……蘭美人だから、お母さんも綺麗なんだろうなぁとか想像しちゃう!」
「えー! それは聞いてみないと……てか、みんなは? 学校までどれくらいかかるのー?」
いつも質問にはきちんと答える子だから、こうやって濁して他人に話題を振るのは蘭らしくない気がした。
考えてみれば、蘭という人の背景についてはよく分からない。どこからやってきたのか? なぜここにやってきたのか? どこに住んでいるのか? 家族は? 進路は?
考え出すと思った以上に不明なことが多くて気になりだしてしまったけれど、何となく聞くのは今じゃない気がした。下手に聞いたら、口をきいてくれなくなるんじゃないか、とも思った。だから僕からこれらについて尋ねることはなかった。
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