第69話 花火
辺りが暗くなり始めた頃、蓮さんたちが三人連れ立って到着した。薄桃色の浴衣が夕闇の中で小刻みに跳ね、それがアリスちゃんのものだと分かる頃には、アリスちゃんはもう私の肩に飛び付いてきていた。
「アリス、そんな勢い良く飛びついたら駄目だよ」
拓真君に嗜められ、アリスちゃんは『ごめんなさい』と頭を下げた。いつも下ろしている長い黒髪は佳歩さんの手でほつれなく結い上げられ、少し化粧もしているようで、十三歳の女の子らしい魅力が開花していた。私と似たようなヘアアレンジだけれど、アリスちゃんはサイドの髪を編み込みにしてそれをうなじに流し、どこをどういうふうにまとめたのか、華やかなお団子にしている。
「アリスちゃん、可愛いね。よく似合ってるよ。お化粧は初めて?」
そう訊くとアリスちゃんは跳ねるように頷いた。その後ろから蓮さんが顔を出し、「どうも遅くなってすみません」と言いながらビニール袋を差し出した。
「来る途中に出店があったので色々と買ってきました。良かったら召し上がって下さい」
「わぁ、ありがとうございます」
受け取った袋からはソースのいい匂いがした。私の隣で無愛想に座っていた柊吾さんも蓮さんの到着でやっとほっとしたようで、
「蓮、お前、車どこに停めた?」
と、蓮さんを見上げた。
「市場の駐車場は満車だったから小学校の方に停めてきた」
「ずいぶん遠くに停めたんだな」
「そんなに変わらないよ。柊吾、もう一枚敷物を持ってきたから、おれたちは後ろに座ろう」
柊吾さんは重い腰を上げて席を移した。広くなった敷物に拓真君とアリスちゃんが座る。
予定の七時半になると、大時永橋から花火大会の開始を告げるアナウンスが響いた。スピーカーで拡散された声は私たちのいる帆斗山橋に届く頃には何を言っているのか分からないくらいぼやけてしまっていた。蓮さんが買ってきてくれた焼きそばやたこ焼きを食べながら花火が上がるのを待つ。後ろに座っている柊吾さんと蓮さんは時折言葉を交わしていたようだけれど、物静かな短い会話はすぐに終わり、やがて暇つぶしにアプリゲームを始めたらしかった。
アナウンスが途切れ、辺りが一瞬静まった。打ち上げ花火にはわざと笛が取り付けられているという。風を切るようなその笛の音が響き、暗い空に白い煙が立ち上ったと思うと、目の前に金色の花火が開いた。近くの山肌に破裂音が響き、眩しい光に目が眩む。金色の花火は柳のような尾を垂らして華やかに消える。山肌の迫る川辺の空は狭い。大きな花火が一発上がるだけで空は明るく染まった。辺りから歓声が上がった。私と拓真君の間に座ったアリスちゃんも興奮して私の手を握り、大きく揺さぶった。『凄い! とっても綺麗ね!』と、弾ける笑顔が語っていた。拓真君ほどではないけれど、私もアリスちゃんの言葉が何となく分かるようになってきた。私もアリスちゃんの手を握り返して「本当に綺麗ね」と返した。
最初の一発を皮切りに、花火は堰を切ったように空に溢れた。菊、牡丹、千輪菊、椰子。ありとあらゆる花が次から次へと重なって咲いた。
「ここの花火、昔はしょぼかったのにずいぶん豪華になったんだな」
「おれも小さい頃に何回か見に来たけど、こんなに沢山は上がらなかったよね」
男性陣がこうして好意的な評価をするくらい、近年のサマーフェスティバルの花火は豪華絢爛だった。去年、裕次郎も同じことを言っていた。
『昔はぽつぽつとしか上がらなかったのに、今はひっきりなしに上がるんだな』
七色に光るその時の横顔がふと脳裏に浮かんだ。
「裕次郎さんも――」
アリスちゃんの左隣に座った拓真君が花火を見上げながら呟いた。
「天国からこの花火を見ているといいな」
去年は確かにいたはずなのに、今はもういない――忘れかけていた喪失感が胸に迸り、私は肩に寄り添うアリスちゃんの手を無意識に握り直した。
「うん。そうだね。見てるといいな」
花火を見上げたまま、私もそう呟き返した。
絶え間ない破裂音とともに、光の花は夏の夜空に咲き続けた。
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