第26話 誕生日カード

 翌日、僕らは学校があるので、部活が終わるまでは普通の一日を過ごした。里奈さんは今週後番で退勤の時間が遅いので、八時までは来られないとのことだった。宿題と風呂を済ませると、僕もアリスと一緒に、忙しく立ち回る佳歩さんを手伝った。いつもはダイニングキッチンで食事をするけれど、今日はお客さんもいるので応接室での食事になった。里奈さんは時間に間に合うように急いで来てくれたようで、息を切らしながら応接室へ入ってきた。案の定、アリスは喜んで里奈さんに抱きついた。

「遅くなってごめんね。遅番じゃなければ準備も手伝ったんだけど」

 里奈さんが言うと、佳歩さんが首を振った。

「どうかお気遣いなく。大したものはありませんが、どうぞ召し上がってください」

 ちらし寿司、唐揚げ、フライドポテト、ポトフ、サラダ。卓上には溢れるほど料理が並んでいた。大したものはないと佳歩さんは言うけれど、一日掛かりでこの料理を揃えるのは大変だったんだろう。

 ケーキは食後に出すことに決め、給仕係に回っていた佳歩さんも僕たちと一緒に食べ始めた。一日掛かりの大仕事に区切りがついてほっとしたのか、ソファーに深々と背中を預けて、ふぅと溜め息を吐く。

 アリスは次から次へと食事を口に運んでリスみたいに頬を膨らませ、里奈さんを笑わせた。

「アリスちゃん、おいしいね。でも、そんなに慌てなくてもお料理はたくさんあるよ」

 アリスは肩を竦めて笑った。本来、アリスというものがこんなに無邪気な姿を見せることは有り得ないのだけれど、この新しいアリスを迎えてから二週間。アリスは無機質なもの、という僕らの概念は崩れつつあった。幼い子供のように笑い、甘え、ときには戸惑ったりするアリスを、僕たちは親しみ深く受け入れた。アリスもまた、僕たちを拒否せず、家族のように受け入れた。アリスは甘えん坊なんだな、という新しい概念が、僕らには根付きつつあった。

 食事が終わり、ケーキを出すタイミングで、里奈さんが僕たちにプレゼントをくれた。ピンクの花で作られたブリザードフラワーと、手作りの誕生日カードだった。

 アリスと一緒にカードを開くと、アリスは『わあ』と感嘆の息を漏らした。カードの右側に僕の似顔絵、左側にアリスの似顔絵が描かれていて、その脇の雲形の吹き出しには僕らの誕生日が書かれている。カードの上の方には、『お誕生日おめでとう』と書いてあった。僕らの顔の間にはろうそくの立てられたケーキ。カードの周りには花束や飛び立つ鳥、果物や木の実の切り絵が飾られていた。

「……綺麗だね。これ、里奈さんが作ってくれたの?」

 里奈さんは苦笑いをしながら言った。

「あんまり上手じゃなくてごめんね。本当はちゃんとお金を掛けた豪華なプレゼントの方が良かったんだと思うんだけど、私にはこれくらいしかできなくて……」

「懐かしいな。僕も幼稚園に通っていたころ、こんなカードを先生に作ってもらいました。もう貰うことなんてないと思っていたので、嬉しいです」

 アリスもにっこりと笑って頷いた。この子もアリスになる前は普通の子供だったので、幼少時代、こうしたカードを貰ったことがあるのかもしれない。

 誕生日カードは東棟の僕の部屋に、ブリザードフラワーは西棟のアリスの部屋に飾ることになった。

「誕生日カードですか……」

 と、佳歩さんが呟いた。

「拓真様がいただいてきた誕生日カードはまだ全部取っておいてあるんですよ。拓真様がお好きだったアニメのキャラクターや戦隊ヒーローが描いてあって、拓真様は大喜びでそのカードをわたくしに見せて下さったものです。今でもありありと思い出せます」

 佳歩さんは懐かしそうに頬を緩めた。こんな僕にもそんな時代があったのだなと思う。まだ何も知らなくて、嬉しいことも悲しいことも素直に受け止められた。目に映るもの全てが新鮮に見えた。そんな時代が、僕にもあったのだ。中学生になって、幼いころの気持ちは薄れてしまったけれど、里奈さんのこの誕生日カードが、僕の真っ直ぐだったはずの幼い心を、わずかに呼び覚ましてくれた。

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