第109話 やり手の商売人ココ(獣人族ネコ耳科)

「そりゃあ知ってるよ? だってSランクパーティのメンバーだもん」


「ですって、良かったですねケースケ様」


「お、おう、そうだな」


 アイセルの言葉に相づちこそ打ったものの、俺は少しだけ警戒心を抱いていた。

 俺の名前をフルネームで知っているとは、こいつ何者だ!?


 どう考えても怪しすぎる!


「あ、これケーキコンテストに出す予定の新作ケーキの試作品なんだけど。無料サービスするからよかったら食べてー」


「いいんですか?」


「もちろーん、新進気鋭のパーティ『アルケイン』のおかげで、近隣の魔獣も減って経済も活性化してるし、これはちょっとした感謝の気持ちってことでー」


「じゃあせっかくなので、いただきますね♪」


「あと感想を聞かせてくれたりすると嬉しいかも?」


「それくらいお安い御用です――」


「待てアイセル」


「はい?」


 ケーキにフォークを指したままの姿で動きを止めたアイセルが、不思議そうな顔で俺を見つめてきた。


「ただより怖いものはないってな。特に商人がただと言ったときは要注意だ」


「あははー、おにーさんは心配性だね~♪」


「どんな些細なことでも金儲けにつなげてみせるのが、優秀な商人だからな。そして君はとても優秀な商売人に見える。察するに君がここのオーナーのココかな?」


「せーかーい、名推理だね。おにーさん、やるう!」


 にこやかな笑顔でおべっかを使うココを前に、俺は頭を高速回転させていた。

 さっきまでの会話でなにか気になる点はなかったか?


 コンテストに出す新作のケーキ、さりげなく要求したアイセルの感想……。

 そうか、そういうことか。


「ココ、このケーキをコンテストに出す予定って言ったよな」


「言ったっけ~?」


「確かに言ったよ。そのコンテストに俺たちの名前を利用するつもりだな?」


「んー?」

 ココが笑顔のままとぼけた顔をして、


「どういうことですか?」

 アイセルはまだよく分からないって顔をしていた。


「Sランクパーティ『アルケイン』のエースたるアイセルが絶賛したケーキ――とかなんとか言葉を添えて出せば、人は先入観でとても美味しいものだと思ってしまうんだよ」


「まさかそんなことはないと思うんですが……」


「いや、人は基本的に権威主義だ、偉い人がそう言うのならそうかも、と思うもんなんだよ」


「はぁ……」


「考えても見ろ、どこの店も自慢の一品を出してくるんだ。となればおそらく勝負はほとんど差がない状態での、ごくごく僅差の争いになる。そこで別方面からのアピールになるのが付加価値だ」


「付加価値ですか……?」


「アイセルの感想を貰うことで、ココは自分の出すケーキにこれ以上ない大きな付加価値を付けようとしてるんだよ」


「ま、まさかそんなことは……疑うのは悪いですよ、ねぇココさん」


 アイセルが同意を求めるようにココに視線を向けると、


「にゃはは、バレちゃった」

「えええっ!?」


「やっぱりな」


「おにーさんってば、すごく切れ者だね~。パーティ『アルケイン』がシンデレラストーリーを駆け上がった最大の理由は、もしかしなくてもおにーさんにあったりして?」


「それは買いかぶり過ぎだ、うちはどこまでもアイセルが絶対エースのパーティだよ」


「ふーん、りょーかーい。そうゆーならそーゆーことにしとくね! で、ケーキは食べるの、食べないの? ちなみに自信作だよん♪」


「う、うう……た、食べな……食べ……食べな……食べ……」


 アイセルが激しく葛藤していた。

 甘いものに目がないアイセルは、コンテスト用に制作された美味しそうな新作ケーキに、いたく心惹かれているようだった。


「まぁいいんじゃないか? 勝手に名前を利用されると困るけど、逆にここまで明け透けに白状してくれたら、そこは好感が持てるっていうか」


「おおっ、おにーさんは、なかなか話が分かるタイプだね?」


「ただし節度を持ってやるんだぞ。やりすぎと嘘は絶対にダメだからな」


「あいさー」


「それとできればアイセルの宣伝もしといてくれ、そしたら今回に限っては、少しくらいなら名前を使ってもいい」


「ウィン・ウィンの関係ってやつだね。おにーさんとはココ、うまくやってけそうな気がするかも? よかったら奥の秘密のお部屋で、いろいろ特別サービスしちゃうよ~?」


「いつの間にか深みにはめられて、抜けられなくされそうだから遠慮しておく」


「ざーんねん♪」

 ココが特に残念でもなさそうに笑顔で言った。


 なんとなくココの人となりが分かった気がするな。

 あれだ、信用はできるけど信用しすぎるとダメなタイプだ。

 

「えっと、じゃあいただきますね? 食べますよ? 食べます!」


 話が一段落をしたのを見計らってアイセルが宣言した。

 ご満悦で新作ケーキを食べ始める。


「どうかなどうかな?」

「すっごくおいしーです」

「そりゃ良かったな」


「特にこのスポンジの――」

「おっ、アイセルさん分かってるねぇ~♪ 実は――」


 アイセルとココのケーキ座談会が始まり、最終的に他の新作ケーキも味見することになって、とても喜んだアイセルだった。


 ちなみに後日聞いた話では、ココのケーキはトップ3には入れなかったものの審査員特別賞を獲得したらしい。

 審査員特別賞、実に政治的な臭いがする賞だね。


 そのお礼として受賞したケーキと、どれでも一品20%引きのクーポンがパーティメンバーの4枚分届けられていた。


「ほんと、やることなすことちゃっかりしてるなぁ……」


 新進気鋭のやり手商売人ココに、俺は心底感心したのだった。

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