第37話vsサルコスクス

 話し合いを終えた俺とアイセルは「オトリ作戦」を決行した。


 俺が単独で先行し、『光学迷彩』で姿を消したアイセルが少し離れてついてくるという布陣だ。


 歩き始めてそう間を置かずに、


「ケースケ様、来ます! 前からです!」


 サルコスクスの襲撃を直前に察知したアイセルの声が飛んできて――!


 その言葉の直後。


 すぐ目の前の水路の水が一気に盛り上がったかと思うと、さっきと同じようにサルコスクスの巨大なあぎとが俺をめがけて迫ってきた――!


 前方から襲い来る獰猛な噛みつきに対して俺は、


「おりゃぁぁっっ!!」


 瞬時の判断で、一目散に通路を『前』へ向かって走りだした。


 事前の打ち合わせでは俺が後ろに逃げて、アイセルが入れ替わるように前に出る手はずだった。

 だけど今後ろに逃げたら、勢いそのままで追撃されてしまうと俺の直感が告げていたのだ。


 ここは前に逃げることでギリギリ横をすり抜けてかわすんだ!


 バッファーとして敵から逃げることにだけはそこそこ自信がある俺の経験上、この状況では後ろよりも前の方が安全なはずだ――!


「ケースケ様っ!?」


 アイセルの悲鳴が上がる中、すり抜けられずに死ぬかもしれないという恐怖を強引に押し殺し。


 顔のすぐ横を通るサルコスクスの巨大なアギトの風圧を、ビリビリと頬で感じながら――。


 それでも俺はギリギリもギリギリ、紙一重のところでサルコスクスの横を全力疾走で通り抜けることに成功した!


 その直後、


 ガツン!


 俺のすぐ後ろで、空ぶったサルコスクスの口が凶悪な音をたてて閉じられた。


 最大5トンもの圧力をほこるサルコスクスの必殺の噛みつき攻撃は、当たったらもちろん即死だ。


 だけど――!


「どんな強い攻撃も当たらなければどうということはない! どうだ見たか爬虫類! これが逃げ回るのが得意なバッファーの逃げ足の速さってなもんだ!」


 そして命がけのオトリをやり遂げドヤ顔でふり向いた俺の目の前では、既にアイセルがサルコスクスの閉じた口の上に飛び乗っていて――!


「ケースケ様をこんな危険な目にあわせるなんて、わたしは絶対に許せません。あなたを、そしてそうさせた未熟なわたし自身をです――!」


 その言葉と共に、アイセルの身体が猛烈な力を貯め込み始める。


「スキル発動! 『会心のぉぉぉぉぉ――!」


 サルコスクスは必死に口を開こうとするものの、小柄なアイセルに上に乗られただけで、わずかも動かすことができずに封じ込められていた。


 ワニの仲間は噛む力こそ世界最強クラスですごいものの、逆に口を開く力は大人の平均握力よりも小さいのだ。


 そしてそれは最大のワニ種であるサルコスクスも例外ではなかった。


 さっきの作戦会議で俺が伝えていたそのにわかには信じられない弱点を、しかしアイセルは全く疑うことなく信じて、そして見事に突いてみせたのだ――!


「――ぉぉぉぉ 一撃っっ』!」


 裂帛の気合と共に、アイセルの魔法剣が会心の一撃となってサルコスクスの左目に突き立てられた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――っ!!」


 さらに魔法剣は眼球を貫通してサルコスクスの内部に侵入すると、一気に脳まで到達する!


「せいやぁっっ!!」


 最後に、アイセルは突き刺した魔法剣をグイッと180度内部をえぐるように容赦なく回転させた。


「URYYYYYYYY――――ッッッ!」


 内部から脳を破壊されたサルコスクスは断末魔の悲鳴をあげて、その巨体をビクンビクンと大きく2度3度と痙攣けいれんさせると――、次の瞬間にはがくんと糸が切れたように崩れ落ちたのだった。


 口の上に飛び乗っていたアイセルは、サルコスクスが崩れ落ちる途中で魔法剣を引き抜くと、華麗に後方宙返りをして俺のすぐ隣へとなんなく着地を決める。


「ふぅ、終わったな」


 それを見た俺は、普段はめったに感じることのない戦場の最前線特有の緊張感から解放されて、大きく安堵の息をはいた。


「……」


 だけどなぜかアイセルが無言のまま俺の顔を睨んでくるのだ。


「えっと、アイセル……?」


 地上へと続く出口に向かいながら俺はアイセルに問いかける。


「ぷいっ」

 でもアイセルは口をきいてくれなくて。


「えっと……」

「ふーんです」


 そのまま固い空気の中を歩くこと15分ほどで、俺たちは再び明るい地上へと戻ったのだった。

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