第11話 「イオ大亂」(1)
イオはイーステジアの東方に位置し、建国はおよそ百五十年前。帝国にくらべて比較的新しいが、東方ではヌアールと並ぶ強国である。
西にクロァ湖、北に峨嵋峻険たるペルべスの山脈がそびえるイオードスの沃野と呼ばれたかの地は、起伏が少なく気候は温和にして潤沢で、古より豊饒の地として知られていた。
この地には、かつて大きくふたつの部族が盤踞していた。シナグ族とミルド族である。この他にも小部族はいくつかあったようであるが、あるいは歴史の中に消え去り、あるいは両部族の間で細々と長らえている。
両部族は、ともに南方人とはまた違う、東方人特有のあさ黒い肌く眼元が彫の深い顔立ちと黒髪を持ち、きわめて近しい習俗を持っていた。イーステジアには、おそらく同一の部族にみえたであろう。にもかかわらず、いやあるいはそれゆえであろうか、両部族は融和することをいさぎよしとせず、互いに覇をあらそいつづけてきた過去を持つ。まさに牡鹿の双角は並びがたし、である。
数百年にわたる両部族の抗争に終止符を打ったのは、西方よりの力、すなわちイーステジアの伸張であった。
その伸張はいかなる摂理を以ってしても、容易には解しがたい。“神々の息吹き”と称せられた名状しがたいうねりである。
ふたつの大陸を呑みこまんとするその力は、想像を絶する貪婪な食欲を持つ巨大な大蛇のごときものであり、一部族ごときが止められるものではない。東方を侵すその圧力に抗するために、シナグ族とミルド族は長き抗争を捨て、仇敵と融和する道を選んだ。これがイオの創まりである。
傍からみると、必然的とも云えるこの融和であったが、実は当事優勢であったイオードスの地一帯の東半分に勢力を持つシナグ族主導によりすすめられたものであり、都こそは両部族の中間に位置するアンドレードに置かれたものの、国としての主宰はシナグ族が重きをしめる結果となった。非勢であったミルド族にとっては、イーステジアを口実に使われた、体のよい併呑であったように感じられたことであろう。
かくして遺恨がのこった。
一見政情は安定しているようにみえたイオであるが、建国より百五十年をへてなお、底流に宿る遺恨は完全に失せてはいない。イオは建国の時から、東西に二分していがみあう不毛なさだめを持っていたのである。
ミルド族はイーステジアとの境であるクロァ湖に面した北西部一帯カスバルを根拠としており、現王マリウスは王弟のユリウスをこの地に封じた。穏健派であったマリウスのミルド族懐柔のためであったが、これが裏目に出た。王弟の、王位に対する執着を軽んじていたのである。
黒曜暦六〇一年、イオ暦では一四五年の冬、カスバル大公ユリウスは兄王に対して、叛神シグリウスの赫い弓を引いた。周辺諸侯もこれに呼応し、かくしてイオは国を二分する内乱へと突入することになる。
後に「イオ大亂」と各国の年代記に記される内乱であった。
* * *
イオの宰相ベルンは小卓に広げた書状を凝視したまま、沈思していた。六十すぎの宰相のしわの深い風貌、豊かな白髭、長く重たげな白眉は、彼を年齢以上に老いてみせていた。
庭園に面した王城の一室である。初冬ではあったが、この日の陽ざしは暖かくやわらかく、大きく開け放たれた窓からの風も冬のそれとは思えぬ。
ちなみにこのころ、イーステジアのユスティアヌス三世はいまだ存命である。この新帝が不慮の事故で落命し、ふたつの大陸が驚愕するのは、今少し先のことである。
書状の差出人はマールであった。王の宰相と王弟の家老職。今でこそ立場は違えど、四十年以上の長きにわたり、ともに国事に奔走してきた仲である。信をおけるとしたら、互いをおいて他にはおらぬ。
王弟ユリウスの嫡子ハデスが、王命によりホントの大使ボルヘスに拘束されたこと、そして本国への護送途中に行方がわからなくなっていることが記されていた。ベルンのあずかり知らぬことである。
先日、王に訊ねた。詰問に近いものであった。王はかたくなに否定したが、そのようなことを為すには王の命令書が必要だ。知らぬはずはない。この企てには王の意思もくまれていたことを、ベルンは確信している。
以前にもハデスを暗殺する計画があった。これはマールにより事前にふせがれている。ことがことなだけに、さすがに表へ出すことはできず、内々で処理せざるをえなかった。ことにあたったホントの書記官は、帰国後、病死をしている。
現王マリウスは、このようにものごとを暗々裏に処したがる陰湿な面がある。ことに王弟と関連があれば、なおさらそれに拍車がかかるようだ。
だが王子であるハデスをホントへ赴任させ、父であるユリウスと引き離しても何にもならない。その上、秘密裏に危害を加えようなど、どうしようもない。確執を強めるばかりだ。そもそも王自らがそのような陰事にかたむくのは、ほめられた傾向ではない。
王と王弟。国を二分する争いの当事者は彼らである。両者とも、その本質から眼をそらしているだけなのだとベルンは思う。だから安易に流れたがる。
たしかに王たる者、きれいごとだけではすまされぬ。どす暗いものを抱えこんでも、鷹揚に笑ってみせねばならぬ。しかしそれも時と場合によるのだ。王自らが確執の種をまいてどうするのだ。
「宰相閣下――」従者が伺候しておとなう。「参議の方々がお集まりになりました。まもなく評議がはじまります」
ベルンはうなずくと、書状を丁寧にたたみ、かくしへ収めた。
ちらと西の空へ眼をやった。おだやかな午後の陽ざしではあったが、その彼方で勃興したものの禍々しい気配が、ここアンドレードにまで到達したかのように彼には感じられた。
遅すぎた。何もかもが遅すぎたと思う。否、手遅れであると歯噛みするのであれば、王とその弟との確執を止めることができなかったこの二十年という時は、すでにいつだって手遅れであったのだ。
参議の地位にある重臣たちと、主だった騎士団の長が評議の間に座をしめている。三十名ほどである。王弟派の重臣がいないことが、これがどのような場であることか、ベルンには察せられた。
最期になった宰相ベルンが上座につくと、やがて王が入室した。
かつては若杉のごとくひきしまっていた身体には、ほどよく贅肉がつき、生来の鷹揚さにも重みがついていた。齢は五十に近い。髪と同様、濃い栗色の髭は顔の下半分を飾り、獅子鼻は剛毅な人柄をあらわしているようであった。だが一見磊落そうなその風貌の裏側に、思いもかけぬ小心さと猜疑心とが隠れていることを、ベルンはよく知っている。
評議がはじまった。あわただしく状況の報告がなされ、王弟ユリウスの叛図はイオの北西部カスバル一帯におよぶことが明らかになった。さらに加担する諸侯の名も。
だが予想どおりと云おうか、仮にも王弟が叛旗をひるがえしたというのに、とにかくその日召集された緊急の議事は、白々しい言葉の応酬であった。
王弟という立場におごり、王に弓引くとは赦されざるおこないである。もはや賊徒にすぎない、惻隠の情は不要である。疾く軍を起こし、叛意をつみとり、理非を正すべし……
「無論、兵力は我らの方がはるかに優っております」
「ユリウス殿下に加担した連中は広範でございますが、互いに連携をとることは困難です。たやすく各個に制圧することができましょう。一戦すれば、おのずと瓦解するでしょう」
この評議がどこへ向かっているのか、あらかじめ台本が決まっている三文芝居のようであった。ベルンは口中で誰にも聞かれぬように毒づくと、ゆったりと挙手をし発言を求めた。
「陛下――この謀叛を長引かせては、ヌアールとクロシアが介入してくる恐れがございます。まずはユリウス殿下側についている諸侯へ造反の罪は問わぬゆえ、こちら側へ寝返るように、徹底的に工作をすべきでございましょう」
「それは寛容にすぎましょう、仮に王弟殿下とはいえ、叛逆でございますぞ」
「ベルン卿、叛徒は大儀を持ちません。諸侯も趨勢の強きに流れるは必定でございます。あくまで強硬な姿勢をつらぬくべきです」
「左様、イシュトールのご加護は陛下にございます」
参議らが次々と反論する。
「諸侯らの言はもっともである」
主座のマリウス王が、おもむろに言葉を発した。一同の視線がからみ合い、言葉にならない緊張がはしった。王はそれを敏感に感じとったことだろう。
「ユリウスは若年より性惰弱にして不見識、にもかかわらず倣岸のふるまいがやまず、先王もお心を痛めておられた。やつのおこないが、いつかイオに災いをもたらすのではないだろうかと、何度も余に諌言くださった。だが余は愚かにも先王のお言葉を正しいと思いつつも、血を分けた弟であるがゆえ、ユリウスめの立場をわきまえぬ慢心にも眼をつぶってきた。豊かなカスバルの地に封じ、存分に国政にたずさわることができるようにしたのも、余の深甚なる配慮である」
マリウスは言葉を切り、自分の発した台詞の効果をたしかめるように、一同を見おろす。一同は芝居のひと幕を観るかのように、その言葉に耳をかたむけている。
「だがしかし、あやつは余の寛容に甘え、おごりたかぶり、ついには王位をうかがうほどの、邪悪な叛意をあからさまにした。嘆かわしい!実に嘆かわしい!」
いたましげに、王は首を振る。
「百五十年の歴史を持つイオの屋台骨を、土台から危うくする暴挙である。これ以上、あやつの行状を看過すれば、王権の失墜を招く恐れがあろう。これまで擁護しつづけてきたが、もはやそのようなことを云ってはおれぬ。慙愧に耐えがたいが、余はユリウスめの謀叛を果断に鎮圧し、威信を見せつけるべきだと考える――今、列席の参議諸君に問う!余はユリウス討伐の勅命を下す!」
王は主座からすっくと屹立すると、一同を睥睨する。見えない興奮が議事の場に充満していた。
「シィ・トゥ・ヌィ(是か非か)!」
「シィ!」
「シィ!」
「シィ!」
「マリウス王にイシュトールの加護を!」
「イシュトールの名の下に!」
参議たちは立ちあがり、指を上に差して激しく賛意を口にする。マリウス王のいかめしい顔に、満足そうな色が浮かんだ。
王は騎士団長たちに視線をやった。
「先発は三日以内に出立せよ。指揮はブレア将軍。モル、エカード、お主らの騎士団を中心に編成する」
「御意にございます」
ブレアが立ちあがり、拳を左胸にあてて応じた。半白の髪の意気軒昂な老年の将軍である。騎士団を率いるモルやエカードも立ちあがり、応じる。
「その後は順次軍容を整えて、ユリウスめに加担した者どもに対応して、旬日以内に軍を動かす」
王の言葉に参議たちも次々と口を開く。
「ひと押しに押しつぶせば、先発隊だけでことたりるかもしれませぬな」
「まさかそこまで脆弱ではないでしょう」
「いやわからぬぞ、元々ユリウス殿下に人をまとめる力はない。戦線が長びけば、おのずと崩れていくだろう。おそらく年内にも制圧できる」
満足そうな声。誰も彼も小鳥を喰って満腹した猫のようであったと、ベルンは後日苦々しげに評している。茶番であった。それもそうであろう。これこそ彼らが待ち望んでいたことなのである。
「しかし我々の思惑どおり兵を挙げてくれましたな、ユリウス殿下」
「これで王弟領に介入する大義名分ができた。まったくうまい具合にことを荒立ててくれたものです、殿下は」
「持ちあげられ、その気になったのであろう。カスバルの懐柔も容易にいくとよいが」
「ユリウス殿下に与した連中も、自分たちが敗け馬に賭けたことに気がついてはおらぬ」
「よほど恩賞をはずんだのでは?空証文となるとも知らずに……」
一見余裕のある彼らのやりとりであるが、ベルンはそこに弛緩した空気を感じ、ひそかに眉をひそめた。
王座についたまま、マリウス王は彼らの軽口とすら云ってよい軽薄な発言をたしなめようともしなかった。むしろ王自身がそういった空気を求め、重臣らはおもねっているようにもみえる。
「おのおの方、いささか事態を軽くみてはおりませぬか?ユリウス殿下に与した諸侯の規模を見ても、そう楽観はできませんぞ」
感情を見せずにそう云ったのは、精強を以ってなるロイズの騎士団を率いるモル公であった。現実に戦場におもむくのは彼らである。相手の姿も見えぬ都で敵を云々する重臣たちに、驕りとあやうさを感じたのであろうか。
だが重臣たちは一笑にふした。
「何を云う、ユリウス殿下の謀叛はこちらの思惑どおりではないか。あのご仁、我らの掌の中ではしゃいでいるにすぎぬ」
「モル公、一軍の将が怯惰の言葉を、いたずらに口にするものではございませんぞ」
「参議諸氏の中で……」ベルンが口をはさんだ。「ユリウス殿下にあれだけの諸侯がつくことを、察していた者がおられたか?」
重鎮のベルンの肩入れに、さすがの他の重臣たちも口をつぐんだが、特に納得したからでもなかろう。その証拠に、何名かはベルンが慎重にすぎると、意見するでもない見解をのべたが、老宰相は首肯しなかった。
「私もいたずらに出鼻をくじくような話をするつもりはない。確かに現時点では、どの道ユリウス殿下の蜂起については、こちらも軍を出さざるをえない。しかし貴公らの話はいかにも力まかせだ。鎮圧することができても、損害は大きい」
ベルンはちらと上座のマリウス王へ視線を向けると、一同を静かにみすえた。
「これだけの諸侯がユリウス殿下に与したとは、信じがたい。安易にかたがつくとは限らぬ。おのおの方、よくよく心得られよ」
モルやベルンの言葉でやや不満の空気が流れたものの、大勢は無論くつがえることなく評議が終わり、重臣たちは散会する。
「おっぱじめてくれおったよ、ユリウス殿下」
最期に遅れて部屋を出つつ、そこにモルが屹立しているのを見て、大仰に首をならしつつ皮肉な口調で、ベルンは云った。モルはベルンと並んで回廊をすすみつつ、無言でうなずく。
歳のころは四十前の偉丈夫であった。イオの色である浅葱色のマントを瀟洒にまとっている。整った伊達男ぶりは、艶福家として名高く、騎士の名門であるがいまだ妻帯しておらず、常に複数の愛人がいるとの噂は宮廷内にかまびすしい。黄褐色の髪は堅苦しそうに短く切りそろえられ、武人としてはむしろ端正で柔和な風貌を持つが、強剣士の尊称を冠される屈強の騎士である。
「まさかこれほどの諸侯が、ユリウス殿下側につくとはな」
「各地の詳報はまだですが、どうやらカスバルを中心に北西部一帯のかなりの諸侯が、王弟殿下へ加担したもようです。クローマ公にザルツ公、あのバルバジア公ゾーイもユリウス殿下側です」
「それだけの連中がユリウス殿下に与したとは、正直信じられぬ」
評議と同じ台詞を、再度ベルンは口にする。
「ユリウス殿下をいささか甘くみておりましたか……いやな予感がします」
口を開きかけて、そのまま閉じてしまったベルンが眉をよせ、しばし沈思する。モルは口をはさまなかった。歩きながらのかなりの沈思があったが、やがて白髭の老宰相は考えごとのひとかけらだけを引き出すかのように、ようやく口を開いた。
「それだけではあるまい、不自然だ。シナグ、ミルド両族の確執だけでは片づけられぬ。ユリウス殿下を挑発したのはこちらではあるが、どこでもくろみが狂ったか?何か裏がある……お主、このいくさどう思う?」
「……長引くかもしれませぬ。クロシアやヌアールの動静も気にかかります」
「来年の刈入れまでにけりをつけねば、国庫も逼迫する。いつまでもごたごたするわけにはいかん。柵の扉を閉めたら、羊の群れはとっくにいなくなっていたようなことには、ならぬようにせねば」
なかばひとりごちるようにつぶやくと、ベルンは話を変えた。
「ご幼少のみぎり、マリウス王には吃音の癖があってな、そのため、その時分はむしろユリウス殿下の方が、ご聡明にみえることがあった。一部にはユリウス殿下を後継にという話もあり、実際、先王陛下もそのような意図を表されたこともあった」
「そのような話は聞いたことがございます。しかしイオは長子相続が決まりです」
「うむ、十代半ばには、陛下も吃音がすっかり失せ、そのような意見も霧消した。しかしな、ユリウス殿下はそのころの甘い立場を、いまだ忘れられぬようだ」
無言でうなずくモル。
そのとき視線の先に、両者はひとつの人影をみとめた。回廊に差しこむ木洩れ陽は、その人物のなかばを影としていた。
歳のころは二十代半ばであろうか、女にしてはずばぬけた長身が、軽装ではあったが甲冑をまとっていた。イオ人特有のあさ黒い肌であったが、いささか鋭すぎるきらいはあったものの整った顔立ちである。燃えあがっているかのような、息をのむほどに見事なくせのある赤毛は、男とみまがうばかりに短くまとめられていた。
イオに名高い“赤毛のレドメイン家”の代騎士ゲルダ――近衛軍の一、後宮警護を専任とする娘子軍の副長を務める。
ゲルダは拳を左胸にあてふたりに頭を下げると、
「モル様、こたびの出陣には、ぜひ私めも陣容にお加えください」
「ばかを云うな」
呆れたようにモル。
「モル様も私の立場をご存知でしょう。無為に録を食むことなど赦されません」
モルは複雑な表情をし、ちらと傍らのベルンを見やる。
レドメイン家は代々上騎士を務める名家である。しかし現統主であるゲルダの義兄は虚弱であり、その任に耐えがたい。そのため彼女が代騎士として務めている。本来出仕すべき騎士が、その重責に耐えられずに代理を伺候させていることは、武門の名家であるレドメイン家にとって恥ずべきことであろう。彼女の桎梏である。
そのあたりの事情は、モルも耳にしている。だが彼の立場としては、いかに懇願されたとて、近衛軍に属するゲルダを勝手に征討軍に組み入れることはできない。第一、彼は婦人は愛でるものであると考える男であった。
「お主の腕は承知している。しかし女がいくさ場へ出入りするものではない。お主には王妃や姫君をお護りするお役目がある」
生まじめに首を振るが、ゲルダは涼しいものである。
「姫様にはお許しをいただいております。武功をたてて帰ってくるのを、楽しみに待っているとのおおせでございました」
モルは呆れた。ベルンが笑い声をあげ、ごく軽い調子で云ってのけた
「よしよし、ブレア将軍と近衛の長には、私から云っておこう」
「ありがとうございます」
「なんのなんの」
ご満悦である。
「宰相殿、ご婦人が野遊びをするのとはわけが違いますぞ」
苦虫をかみつぶしたようなモルの抗議を、ベルンは手を上げて制した。
「かたいことを申すなモル。ゲルダ嬢にも事情があるのだ」
「嬢などと云われる歳ではございません」
「お主の家とは代々の付き合いだ。お主など孫のようなものだよ」
「からかわないでくださいベルン様。これでも嫁いだこともございます」
居心地が悪そうに、ゲルダは眉をひそめた。モルは憮然としている。ベルンは両者の思惑など意に介さずつづけた。
「ちょうどよい、どのみち誰ぞに頼もうと思っておったが、お主らならば間違いはなかろう」
「何でしょう?」
「前線におもむいたならば、ハデス殿下の所在をつきとめてくれぬか?」
「……と申しますと?」
いぶかしげに眉をひそめるモル。
「ユリウス殿下の軍勢にハデス殿下がおられるかどうか、確認をしてくれ」
「いかがされたのですか?」
「ホントで行方が知れなくなった。まるで事情がわからぬのだ」
モルの表情に困惑がうかんだ。
「王がかかわっておられる……かもしれぬ。とにかく殿下は四位の継承権をお持ちだ。早急に安否を確認せねばならぬ」
(つづく)
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