閑話 任務失敗②(レイバナヤ視点)
「補佐官、手を抜いたんっすか?」
「そんなわけあるか!」
大門に消えていく男の背中を見送って、レイバナヤは隣に立つカレンを見上げた。
彼女はアインラハトに掴まれた腕を擦って顔をしかめている。
「びくともしなかった。まだ、手が痺れているな」
「小隊一の怪力を誇る補佐官でもっすか?」
「なんとも不思議な男だな。幻惑香も効かない上に、騎士一人を簡単に抑えるなんて。幻惑香だって一人分に香るようにしているが、あんな普通でいられる量でもないはずだろう?」
カレンに肯定を示すように深く頷く。
薬を効かせたい相手にだけ香るように調整しないと、周囲の人間にも薬が効いてしまう。そのため、方向性を持って対象者にだけ効果がある分量の香草を焚いたつもりだ。量が少ないからと言って効果がないわけがない。
そして相手に香りを気づかれるのは薬師として半人前だ。香草の種類が特定されれば対策が取られてしまうので、種類が特定されないように調合するのが当たり前なのだ。
「周囲に迷惑がかかるから抑えめにはしましたけど。香草の類いは普段道具屋で売っているから耐性があるにしても、あんなに鼻がいいとは意外っすね。補佐官だって気づかなかったんすよね?」
「そうだな。言われて驚いたくらいだ」
この場合、カレンが鈍いというよりは一般的な反応なのだとわかる。気づくほうが異常なのだ。
そもそもの作戦は幻惑香でアインラハトを惑わせて、カレンが引き止めるという作戦だった。だが力づくで気絶させようとしても阻止されてしまったことになる。
打つ手なしだ。
「しかし、声高に監視、隔離を叫ばれるのはわかったが、行く手を阻むのはなかなか骨が折れそうだ」
「ウチの薬師の腕前じゃ止められないっすからね」
「私も一人では無理だな。小隊全員でも難しいかもしれないが。なんせ、底が見えない」
ポツリと呟いたカレンの声は僅かに震えていた。武者震いというやつだろうか。
それとも純粋な恐怖だろうか。
平凡な男が随分と恐ろしい者のように感じられた。
だが止めることもできない。
「あとは小隊長に任せるしかないな」
「はあ、絶対怒られるっすよね。ああ、またネチネチいびられるんだぁぁ」
「ナーヤは仕事の失敗に合わせて、小隊長の菓子を食べてしまったことも謝罪しなければいけないだろう?」
「えっ、ひどいっす、補佐官! それはもう黙っておいてもいいじゃないっすかね?!」
「小隊内で秘密はなしだ。今後の任務にも差し障るからな。しっかりと腹を括るんだな」
「正論っすよ、正論っすけど! 正しいんっすけど、嫌だあああっっ」
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