第2章
第20話 隣家の新婚
隣に家が建つようだ。
工事に来ていた大工が、こんなところに住む変わり者があんたたち以外にもいるんだなと失礼な感心をしていた。
生憎と、その大工もどんな人が住むのか知らないらしい。
二か月かけて家が出来上がった。
あまりの早業に、あの家大丈夫かと思わないでもなかったが、外観は可愛らしいこじんまりとした家だった。
「なんだ、しばらくいない間に、隣に家が建ったのか」
旅から戻ってきたミッドイが店の前で完成していた隣家を見上げていたアインラハトの横に立ってぼそりとつぶやいた。
彼は正式に勇者を引退して、流れの行商人を始めた。ほそぼそと持てる範囲の荷物を持って、品物を売り歩いている。
基本的には薬だ。
それもアインラハトが作った薬が多い。
勇者のつてと自分の経験のため、魔力失調症で苦しんでいる者たちに薬を届けたいらしい。残念ながら、一度に何本も作れないので、売り歩ける量は限られている。自分の店にも置いておかなければならないし、固定客もいるのだから。
それでもミッドイはふらりと旅に出て一月ほどで戻ってくる。今回は足を伸ばしたのか、二月かけて戻ってきた。
彼は新しくできた家の反対側の隣人だ。
魔力失調症を整える薬を渡したら、次の日には同じように大工が来て、隣に家を建て始めた。その時もやってきた大工はこんな王都の外れに住む変わり者があんた以外にもいるのかと感心していた。そして住む人も知らなかった。
家が完成して、ミッドイが越してきた時には随分と驚いたものだ。
隣家が変な人でないことはありがたい。
隣人トラブルもそんなに起きないだろうと胸を撫でおろした。
今度もそうであればいいが。
ミーニャはなぜか随分と不機嫌だった。
今も新しい家が建ったのを自分の横で黙って眺めている。
親の仇を見るような視線を向けているのが謎だ。
「誰が来るかはわからないんだよ、君たちのときと同じだね」
「ふうん。まあ、十中八九あいつらだとは思うがな…嬢ちゃんはわかってるようだし」
「え、なんだって?」
「いや、誰が来るのかなと思っただけだ」
ミッドイがぼそりと告げると、隣家の扉が開いてエプロン姿のティターが外へ出てきた。
「あら、外で声がすると思ったら帰ってたの。おかえりなさい、ミッドイ」
「あ、ああ…ただいま」
気恥しげに頬を掻く男の姿が初々しい。
新婚だから、当然だが。
こちとら嫁には三日で逃げられている身だ。羨ましすぎて眩しい。
彼女もある日突然いなくなればいいのに、などと邪なことを思わないでもない。
「おはようございます、ハウゼンさん、ミーニャちゃん。昨日貰った野菜でポトフを作ったのよ。後でおすそ分けするわね」
「おはようございます、ティターさん。いつもありがとう、有り難く貰います」
「私、神殿にいたからどうしても作り過ぎちゃって。貰ってもらうほうが本当にありがたいの」
「あるなら、俺が全部食べる」
「さすがのミッドイもあんなに食べたらお腹が痛くなるわよ」
「お前が作った料理だろ。なら、俺が食べるんだ」
不機嫌そうに言い続ける男に、ティターの頬も染まる。
「ん、もう。わかったわよ、ほら家に帰りましょう。いつまでも荷物を背負ってるのも疲れるでしょう」
「ああ」
何の寸劇を見せられているのか。
二人はいちゃいちゃと仲良く隣家へ帰っていった。
もちろん、ポトフが隣家から届くこともなかった。
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