第2話 勇者になるまでの過程
「おう、ラハト! お前、聞いたぞミーニャちゃんのこと!」
「え、ああ…うん」
「おう、ラハト! お前、聞いたぞミーニャちゃんのこと!」
「え、ああ…うん」
笑顔で語りかけられた市場の顔馴染みの店主に、アインラハトは曖昧に頷いた。
義妹が勇者大会で優勝した次の日、朝や昼の弁当の食材の買い物に市場まででかけたが、肉屋も魚屋も八百屋にも行く先々で皆にミーニャのことで声をかけられた。
だがアインラハトが戸惑うのは、義妹が優勝して勇者になったことではない。
彼らが語る、その勇者になるまでの課程だ。
「あの石舞台を拳一つで叩き壊したんだってなぁ。相手が戦意喪失して腰ぬかしたのは初めて見たってボブが得意げに話してたぞ」
「あー、そうなんだ。そりゃあ凄いね」
勇者大会の石舞台は普段は闘技場として使われている。
青空コンサートも行ったりもするので、ミーニャの情操教育のために足を運んだこともある。
大人の背丈ほどの高さのある厚みのある石材を敷き詰めて作られているのだ。
それを拳一つで叩き壊す?
あの可愛いミーニャが。
できたらそりゃあ凄い。それはわかっている。
勇者大会に出る人というのはどこまでいい人たちなのだろう。
胸のうちでひっそりと感動する。
実際に考えてみろ。あんな小さな少女が舞台など壊せるはずもないじゃないか。そもそもミーニャは臆病な性格だから物を壊したりすることが嫌いなはずだ。コップが床に落ちて割れた時だって、びくっとなって半泣きになっていたのに。
きっとミーニャが勝てるように対戦相手が石舞台を砕いてミーニャがやったように見せてくれたんだろう。
自作自演だ。むしろそれができる対戦相手にこそ勇者の称号は相応しいと思う。
「対戦相手が一瞬で場外に吹っ飛んで気絶したらしいじゃないか」
「場外っていっても観客席もゆうに飛び越えるほどだったそうだぞ」
「相手が剣や鉄球もっていようが、拳一つで瞬殺だったそうじゃないか」
「あとで拳に特殊武器を仕込んでるんじゃないかって散々調べられたらしい」
「試合が終わった後で優勝候補だったパーギーやダウタロスがミーニャに土下座して弟子入り頼んだんだろ」
「パーギーはなんちゃら流の剣の称号持ちだろ。ダウタロスは鎖を使えば右に出るものはいないって有名じゃないか。拳から何を学ぶつもりなんだよ」
市場の店主たちから聞かされる話は、確かにすごい。本当だったらミーニャはものすごく強い勇者になってしまう。歴代の勇者がなんだったのと問いただしたくなるほどに。
だが、実際は非力な少女だ。
どちらかといえば、年齢に対して背は低い。赤い髪はいつも真っ白な花飾りをつけたリボンで二つに結わえている。水色の瞳は空よりも水よりも澄んだ色で、真ん丸の大きな瞳が愛らしい。無地のワンピースをひるがえして、義兄に駆け寄ってきては家の隅にクモがいただの、遊んでくれないから泣いちゃうだの、木に登っておりられなくなっちゃっただのと小さな口を尖らせて可愛い泣き言を言うのだ。
そんな義妹が、石舞台を拳で破壊?
場外に吹っ飛ばす?
いや、ないだろう。ありえない!
対戦相手が色々と工夫して体を張って頑張ってくれた結果だろう。あとで菓子折り持って行ったほうがいいかもしれない。ミーニャは対戦相手のことを覚えていないだろうから、実際に見てきた人たちに聞くしかないが、このままでいくとあっさりと情報は集められそうだ。
しかしここまで噂が広がれば、確かに辞退することは難しいと実感した。
困ったように笑う義妹を思い出しながら、ふうっと息を吐く。
まだ朝の光は柔らかく市場を照らしている。
可愛い義妹は朝が弱い。まだ自室のベッドですやすや眠っているだろう。
「新しい勇者様に食わせてやってくれよ!」
ひとしきり話し終わったあと、店主たちはどっさりと店の売り物をくれる。
しかも無料だ。
金を払おうとしてもお祝いだからと絶対に受け取ってくれない。
勇者というのは国で最も尊敬し憧れる職業だ。
魔物から人々の生活を守り、国外から戦を仕掛けられれば真っ先に戦場に向かう。
だからこそ期待を込めて、こうしてお祝いしてくれるのだろう。
明るい店主たちの表情とは裏腹にアインラハトの心境は暗い。
実際に実力不足であの小さな少女は泣いてしまうんじゃないだろうか。
「はあ、お義兄ちゃんは心配しすぎて胃がどうにかなりそうだ」
両手に抱えきれないほどの食材を運びながら、ため息つきつつ帰路につくのだった。
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