第163話 冒険者になろう

領主の頼みというのは、どうせ冒険者登録をするなら、シンドラル領内にあるバイマークという街で登録してくれないか? というものであった。その街の冒険者ギルドでは、新人のための研修を行っているが、その研修に新人として参加して、教官達に問題がないか査定して欲しいと言うのだ。

 

バイマークの近くにはワイラゴという難易度の高いダンジョンがあるが、新人が安易に挑戦して死んでしまう例が多かったという。

 

そこで、優秀な冒険者を早急に育成する必要があると、領主と冒険者ギルドで協力して研修制度が設けられた。その甲斐あって、徐々にではあるが冒険者も増え、バイマークのギルドマスターからも順調であると報告を受けていた。


ところが3年が過ぎた頃「研修の教官が厳しすぎて誰も合格できない」と噂になっているという報告が上がって来たという。なんでも、バイマークの研修を落第した冒険者から悪評が広まっているとか。やがてとうとう、苦情・陳情が直接領主のところにも入ってくるようになった。

 

だが、ギルドマスターに問い合わせしてみても、問題はないという報告しか帰ってこない。そもそも、その教官はギルドマスターから折り紙付きで紹介してきた人物である。問題があるなどと言えないのかも知れない。

 

そこで、話の流れでリューが冒険者に再登録を検討していると言ったので、ならばどうせならと言う事で研修に潜入し教官達に問題がないか報告してくれと頼んだのである。

 

リューの実力は、盗賊を圧倒したのを目の当たりにした領主もよく知っている。覆面調査官には適任であると考えたのだ。

 

そして、リューはその依頼を引き受けた。

 

 

 

 

一度は辞めた冒険者であるが、実はリューも、もう一度登録しなおして冒険者をやってみてもいいかなと思うようになっていた。

 

その理由としては、少し旅をしてみて、商業ギルドの身分証だけでは色々不利・不便がある事が分かったからである。

 

例えば、

 

街に入るのに金を取られる

疑われる(怪しまれる)

敬語が必要

舐められる

ダンジョンに入れない

 

などである。

 

どこの街も、冒険者は入場税は免除されている場合が多いが、商業ギルドの身分証しか持っていないリューは商人という事になってしまうため、有料になるのである。(別に入場料をケチる必要があるほどリューは金に困っては居ないのだが。)

 

また、リューのように商売をする気が見えない者が商人と名乗るのは不自然で、不審がられる事が多いのだ。

 

リューは亜空間収納に大量の魔物の素材を持っているのでそれを商業ギルドに売る「卸商人」であるとは言えるのだが、それだと、商人というより冒険者に近い立ち位置になってしまう。

 

また、冒険者は敬語・丁寧語は使わないという文化が浸透している(戦闘中に指揮系統を敵に悟らせないため)が、商人は基本、腰が低いものである。商人らしく振る舞おうとすると敬語が必要になるのだ。

 

リューは敬語をほとんど使わないので、喋るだけで商人らしくないとあやしまれる事になる。

 

また、基本的に腰が低いためであろうが、商人は舐められ、上から目線の態度を取られる事が多いのである。この世界でも、商売のために相手に媚を売る商人が居るため、客である一般人のほうが立場が上だなどと勘違いする人間も、やはり出てくるのであった。

 

そして、国によって状況は様々ではあるが、このフェルマー王国では、ダンジョンは冒険者ギルドが管理しているケースが多く(管理ダンジョンではない)、冒険者でないと入れない事が多いのであった。(リューなら勝手に入ってしまう事は容易いが、素材の買取等で冒険者ギルドにバレる可能性がある。)

 

そのように、諸々の事情が重なり、もう一度冒険者ギルドの身分証を持っていてもいいかな、と思うようになったリューであったのだ。


……

 

……

 

……などと、色々理由を並べ立てては居るが。

 

それは表面上の話……

 

…本当のところは、リューは “リセット” したかったのかもしれない。

 

ガリーザ王国ではあまり良い思い出がなかった。せっかく居場所ができつつあったミムルの街も全滅。親しかった者も知り合いも誰もいなくなってしまった。

 

また、戦争に加担して、多くの人間を屠ってしまった事もある。

 

悲しい記憶、忌まわしい記憶は忘れて、もう一度最初からやり直したい。そんな気持ちがどこかにあったのだ。

 

だからこそ、新人のふりをして冒険者登録をするというシンドラル領主の依頼を受けてもいいかなと思ったのであった。

 

(これは、リューの中で、過去世=日本での生活の記憶よりも、徐々にこの世界での経験の記憶が大きくなってきているという事でもあるだろう。)

 

なので、本当はまっさらの新人として登録したかったのだが、確か、冒険者ギルドの登録情報は国を跨いで共有されているという話を思い出した。もし、経験者という事を隠して登録しようとして、それがバレたら怪しまれるかも知れない。そこで仕方なく、経験者の再登録であると正直に言う事にした。

 

だがミムルでの冒険者登録の情報は紛失されていたようで、意味がなかったのであったが……


 

 

   *  *  *  *

 

 


領主 「すまないね、君たちを信用していなかったわけではないのだが……ただ、実は裏でギルド職員の汚職の疑いも報告が上がってきていてね。さらに調べてみたら、何やら怪しい動きがある事も分かったのだよ……私の暗殺計画も恐らく根は同じだったようだ…」

 

暗殺というパワーワードに驚く一同。リューは領主が罠に嵌められて山賊に襲われた件を知っているが、その情報は公になっていないので誰も知らない。

 

ただ、さすがに領主が暗殺されそうになったと言われれば、覆面捜査員を送り込んでくるくらいしても仕方がないかと、皆納得したのであった。

 

そこに消えたアッシュを追っていった領主の部下たちが戻ってきた。

 

部下長 「オルドリアン様、申し訳有りません、見失いました!」

 

リューは冒険者であって暗部の人間でも領主の部下でもない。そして報告を終えた時点で領主からの依頼は終了である。あとは領主の部下に任せるつもりであったのだが……

 

リュー 「ええっと、なんならアッシュ捕縛を引き受けてもいいぞ?」

 

領主 「おお、できるか?」

 

リュー 「俺は無理だが、銀仮面ならできるんじゃないか? 頼んでやってもいいぞ?」

 

領主はニヤッと笑った。実は、銀の仮面は領主の家に飾ってあったものなのだ。ミスリルで作られた軽量の仮面マスクで、仮面舞踏会に使うようなものであるが、それをリューが見つめて悪巧みでもしているような笑みを浮かべていたので(もちろんその時にリューは仮面を被って正体を隠す事を思いついたのである)、気に入ったのならやると領主がリューに言ったのだ。

 

領主 「なるほど、銀仮面ならできるだろうな、是非、頼む。報酬はまた後ほど話そう」

 

リューは頷くとすぐに出ていった。

 

ネリナ 「領主様は銀仮面をご存知だったのですか?」

 

領主 「ああ、知っているよ、凄腕の戦士だ。仮面は古代遺跡から出てきた魔道具で、着けると超人的な能力を発揮する事ができるようになる……

 

…という設定であってたかな?」

 

ネリナ 「……領主様もグルなのね……男の子ってのはいくつになってもそういうのが好きよねぇ…」

 

生暖かい目で領主を見るネリナであった。


 

 

   *  *  *  *

 

 


リューは冒険者ギルドを出ると、屋外研修場へ移動した。(一応、銀の仮面はつけた。)そして神眼で逃亡中のアッシュを捕捉、転移で屋外研修場に連れ戻す。

 

ただし、空中10メートルの高さに。

 

突然空中に放り出され、地面に叩きつけられたアッシュ。

 

だが、呻いてはいたが特にケガをした様子もなく、よろよろ立ち上がってきた。この世界の人間は本当に丈夫である。おそらく魔力を使って地面にぶつかる瞬間に身体を強化したのだろう。工作員ともなればそれくらいはできて当然か。

 

リューはもう一度空中にアッシュを転移する、今度は20メートル。再び落下して地面に叩きつけられるアッシュ。今度はすぐには起き上がってこない。だが、ダメージは受けているものの、まだ身体は無事のようだ。

 

さらにもう一度空中に転移してやる。今度は地上30メートル。

 

アッシュ 「ひぃっ、もう止めてくれぇ! 分かった、悪かった! もう逃げないからぁ……げふっ」

 

再び地面に叩きつけられたアッシュは、気を失ったようだ。どうやら手足があらぬ方向に曲がっているが、治療は領主に引き渡して任せてよいだろう。

 

工作員であれば、領主は色々と訊きたい事があるだろうが、尋問は領主の部下がじっくりやればいい、リューなら神眼で簡単に全て分かるが、そこまで面倒見てやる必要はないだろう、リューは暗部の人間でも領主の部下でもないのだから。(それに、神眼で心を読めるという事は領主にも秘密にしている。リューはそれについては誰にも言うつもりはないのであった。心を読めるなどと言うことが分かったら、気味悪がって誰も近寄りたがらなくなるだろう。)


 

 

   *  *  *  *

 

 


室内に戻り、領主の部下にアッシュを引き渡したリュー。

 

部下長 「……研修場に隠れていたのか」

 

リュー 「いや、そういうわけではないんだが、まぁいいか。ではさらばだっ!」

 

リューは素早く退場、そして仮面を取って戻ってくる。

 

ネリナが生暖かい目で見ているが……領主の部下達は尊敬の目で見ていた。

 

部下達 「あれが銀仮面か、一瞬で逃亡犯を捕らえてきたし、噂通り凄腕だな」「コカトリスの群れを瞬殺したらしいぞ」

 

……どうやら信じているようである。チョロい。領主の部下がこれで大丈夫なんだろうかとリューも不安になるレベルであったが、本当は領主から話を合わせるように指示が出ていただけかも知れない。

 

 

 

 

研修は、カリキュラムを見直す事が発表され、あとはギルド職員に臨時の監督を任せて自主トレという事になったそうだ。教官の逮捕騒ぎもあったので仕方がないだろう。早急に、ギルマスと教官達で研修の内容について再検討に入る必要がある。

 

リュー 「イライラ、研修についてだが、問題が無いわけではないと思うぞ? 合格とは言ったが」

 

イライラ 「う……む。そうだな…少し、いや大分、考えを改める必要はあるかもしれん。というか、正直、俺は指導者には向いてない。教官はもうやめ―」

 

ネリナ 「それについては、場所を移してじっくり話を聞かせて頂戴」

 

リューは今後のカリキュラムについて意見を聞かせて欲しいと言われ、ギルマスの執務室へ移動した。

 

 

― ― ― ― ― ― ―

 

次回予告

 

アナとレオノアの躍進の秘密

 

乞うご期待!

 

 

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