フェー二ング大陸物語

ペンギン内閣(旧)

戦乱の胎動

軍部による説明をこの国、ユマイル国民民族戦線の若き最高指導者、ウォール・グリーン議長と数人は静かに聞いていた。


「ご報告、申し上げます。フューザック帝国、ネルシイ商業諸国連合は現在来るべき大戦に向け強大な軍備を保有しております。

現在軍縮気味ではありますが、それでも我が国に、絶大な脅威を与えていことに、変わりありません」


そう発言したのはエマリー・ユナイテッド軍最高指揮官代理。

彼女は最高指揮官たるウォール議長から軍に関する一部の権利を執行することが認められた、軍部のトップである。


「この度、陸軍に二個師団の増員。さらには海軍の船団の増設をご要望したくお願い申し上げます」


ウォールが黙っているのを見て、先に発言したのは会議室の右側にいるウージ・ボーン財務部長だった。


「議長、今は平時。軍にお金を使うのではなく、国民のため経済のためにお金を使うべきであります」


ウージがそういうと、エマリーは不愉快そうな顔をして言った。


「何をおっしゃられるのですか。今が平時?随分と楽観的なお考えですね。

フューザック帝国やネルシイ商業諸国連合は悲願である大陸統一を常に持ち続けております。

このまま放置すれば国力で劣る我が国は植民地にされてしまいます。

そうならないために軍拡をするのが国、しいては国民のためになるのではないですか?」


ウージはそう言われると、黙ってしまう。

というのも、この大陸の人々は300年前、各国が大陸統一のため、血塗れの大戦を行った言い伝えを、信じているからである。


静かになった会議室で厳かにウォールは喋り出す。

最高指導者の言葉に会議室の誰もが耳を傾け、目を向けた。


「私も脅威が高まっていることを理解している。

私はエマリー軍代理の案を予算案に組み込み、議会に提出したいと考えている。

ただ…」


ウォールはそうくぎると、エマリーの方を向いた。


「闇雲に戦争をしても勝てはしない。

官民軍が一体となり戦わなければならない。

くれぐれもシビリアンコントロールを忘れるな」


それにエマリーは


「分かっております」


と返したのだった。




会議室から各部署のトップとエマリーが去ったのち、

ウォールと彼の昔からの友人であるリナ・オンバーン諜報長官は会議室に残り話をしていた。


「良かったの?これで」


リナがそう聞くと、ウォールは疲れた顔をして答える。


「ああ、俺が決めたことだ」


「軍が肥大化すれば、いつか歯止めが効かなくなる。

シビリアンコントールなんて口頭で言っても無駄よ」


「そうだとしても、彼女の言っていることは間違っていない。

戦乱が起きれば、それから国を守れるのは軍しかいない。

我々だけではどうしようもできないんだ」


ウォールがそういうと、リナは微妙な顔をして


「それもそうね」


とだけ答える、それに対してウォールは


「驚いたな、てっきり外交努力の大切さでも説かれるのかと思ったが」


と言う。


「諜報のトップなんて務めてれば嫌でも分かるわよ。

この静かな大きな流れを誰も止めることができないことくらい。

・・・それにあなた、疲れた顔をしてる」


「疲れた顔は関係ないだろう」


リナは静かに首を振ると


「今はあなたの友人だから、あまりあなたを困らせたくない」


「君はとても律儀な女性だな。昔からずっと変わらない」


「あら、侮っていると後ろから突き刺しますよ」


リナが冗談めかしていう。


「それは困るな、やめてくれ」


とウォールは軽やかに笑う。

窓から外を見ると夕陽が降り始め、首都の街並みを幻想的に照らす。

そんな風景を2人は静かに見守っている。


「どう?この国の一番になって」


「とても疲れる、責任のある仕事だ」


「人間らしい一言。それを聞くと議長も人間だって良くわかるわね」


「俺は王ではなく政治家だからな。

神格化される必要性はない。

それこそ、フューザック帝国のアンビス王なら別だろう」


「しかし、議長が国家元首でトップだなんて不思議な国よね」


リナがボソリと言った。


「ああ、もともとユマイル国民民族戦線は行政の首相と立法の議長に分かれていたのだが、

国民は自ら選べる議会を最重要視した結果、意思決定がブラックボックス化した内閣制を嫌がり、立法の長の議長に行政も任せたのさ」


「司法も議会の下部組織に過ぎないわけだし、議会至上主義よね」


「我が国が議会制独裁政治と皮肉られるゆえんだ。無論、任期限定だが」


「問題点が多いわね」


「それでも当時…いや今でも時代の最先端だろう。民主的な政治体制は現在、我が国だけだ。

フューザック帝国なんていまだに憲法と国民軍がない」


「なるほど」


リナがそう頷く。


「民主主義が手に入っても、平和への道は遠そうね」


リナが夕陽を背景にウォールを見ながらそう言った。

夕日に照らされたリナは美しく、ウォールはつい昔を思い出し、見惚れてしまった。


「ああ、遠からずその日は来るだろう」


そうワンテンポ遅れて答えたのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

作者より

最後までお読みいただきありがとうございます。

もしよろしければ、レビューしていただけると大変励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る