予言?なにそれおいしいの?

結城暁

第1話

 その年の初めにどこかで魔王が生まれるとか生まれないとか予言が出ていたらしいけど、その時のあたしは全く知らなかった。

 あたしは行商人の両親と一緒に村や町、時には国をまたいで旅をしていた。その町にも同じように訪れ、両親は明日からの商いの手続きに忙しかったからあたしは散歩に出た。知らない場所の探検が好きだったのだ。

 坂と階段の多いこの町にあたしは両親に連れられて訪れたことがあるらしい。けれどほんの赤ん坊のころのことだったから、初めての町と違わなかった。

 往来を行きかう人々を眺めたり、のんびり寝転ぶ犬や猫を撫でてみたり、水場や川の流れを見たりと楽しかった。

 夕暮れも近づいてきたからそろそろ両親の取った宿屋へ帰ろう、としたところで帰り道を覚えていないことに気付いた。ときどきやらかすのだ、面白いものがあると後先考えずに飛び出してしまう。

 幸い、宿の名前は覚えていたから人に聞こうと辺りを見回した。どうせ聞くなら滞在中に一緒に遊べる地元の年の近い子がいい。かわいい子ならもっといい。

 そんなあたしの目にそれはそれはきれいな子が映った。まるでガラス細工のように繊細で、星のように輝いて見えた。よし、決めた。ぜひともあの子に聞こう。できればお近づきになって明日以降も会う約束を取り付けたい。

 意気揚々と声をかけようとしたのだけど、その子は見るからに粗暴そうなガキ大将とその子分らしき子どもたちに囲まれて連れていかれてしまった。これはチャンスなのでは? 加害いじめの現場を押さえて助けてあげればぐっと距離が近づくんじゃないかしら。

 でもただの遊び相手かもしれないので、あたしは状況を見極めるべく慎重に彼らのあとをついていった。

 町の外れの雑木林まで連れてこられたきれいな子はガキ大将たちに小突かれたり悪口を言われたりしていた。片親だからってどうして蔑まれなきゃならないのかしら。

 むかっ腹が立ったのでガキ大将共をぶん殴ることにした。ふっ。あたしは能力スキル持ちなのよ。一人を大勢で囲んでいきがるような卑怯者を蹴散らすくらいわけないわ。


「アンタたち、一人に寄ってたかって恥ずかしくないの?」

「なんだおまえ」


 質問には答えてもらえなかったけど、女のくせに生意気だと言われた。うーん、恥を知らないらしい。


「恥知らずの臆病者に生意気なんて言われても、まあ嬉しい、としか返せないんだけど?」


 あたしが本音を包み隠さず伝えれば、ガキ大将たちは大口開けた間抜け面を晒したあと顔を真っ赤にして殴りかかってきた。よし! これで正当防衛が成立するわ! 

 歯を食い縛って一発殴られてあげてから、あたしはお返しに腹へ一発お見舞いする。その一発でガキ大将は無様にうずくまり、子分共は驚いたり怯えたりしたあとヤケになったように突っ込んできた。

 基本は蹴ったり殴られたりしてあげて、順々にお返しを腹に決めていけばあっという間に全員が地面と仲良しになった。

 生まれ持った能力スキルの防御累乗と攻撃累乗のお陰ね! 習った身体強化と相まってちょっとやそっとじゃ傷は負わないわよ。

 汚れを払って、髪形を整えて、深呼吸をした。きれいな子は耳をふさいで小さくなって震えていた。いつもこうやって辛い物事を耐えてきたのかしら、と思うとあたしは切なくなった。あたしはできるだけ明るい声を作って声をかける。


「ねえ、大丈夫?」


 顔を上げたその子はやっぱりきれいだった。けれどかわいそうに、瞳には涙をたっぷり溜めて、青褪めている。その子は信じられない、というようにあたしの後ろに倒れているガキ大将たちを見たあと、あたしの差し出した手を取りそうになって、けれど慌てて一人で立ち上がった。残念。だけど大したケガがなくてよかった。


「だ、大丈夫」

「それならよかった」


 声まできれいだった。

 その子が服の裾を払っているとガキ大将たちが立ち上がり始めた。それからあたしを睨んでワーギャー威勢よくわめきたててきたけれど、ちょっとにらんでやったら蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。覚えてろ、はこっちのセリフよ?

 さあ、邪魔ものがすっかりいなくなって二人きりよ、あたし。最初が肝心なのよ、あたし!


「ねえ」

「な、なに」

「人に助けてもらってありがとうの一言もないの?」


 あうと! 言い方が悪い! なにやってんの?! ああああああ責めてるわけじゃないの! ただあなたにありがとうって言ってもらえたら嬉しいなってそれだけなの! ばかばか、あたしのばか!


「た、頼んでない」


 ほらあああああ! 気を悪くさせちゃったんじゃないのこれ?!

 心の中ではうろたえまくってたけど、澄ました顔で「ふうん」と返した。

 し、深呼吸よ、あたし。しかし見れば見るほどきれいな子だ。うっとりしちゃう。


「ねえ、ありがとうって言ってみない?」

「た、頼んでないって言っただろ」


 だから言い方ァ! もうちょっと気を利かせなさいよあたし! お客さん相手に培ってきた対人スキルを今使わずしてどこで使うってのよ!


「いいじゃない、減るもんじゃなし。父さんが言ってたわ、ありがとうは気軽にタダでできるお礼だって。ね、あなたの一言であたしの気分が良くなるんだから言ってみない?」


 なんでそういう言い方しちゃうのかなあ?! ケンカ売ってるの?! ほらめちゃめちゃ困惑してるじゃん! ああっ、手が勝手にきれいな子の服の裾を握っちゃった! ねえねえとねだるように服の裾を引っ張ってしまう。

 伸びる! 伸びちゃうから放しなさい、あたしの手ェ! そっぽ向かれた!

 しかしどうしてもこの子のありがとうをゲットしたいあたしの手は言うことを聞いてくれない。アアアアアア襟元がびよーんってなっちゃったけど?! 破るつもり?! 静まれ我が右手!

 滾る右手を鎮めるのに四苦八苦していると、伸びる服がかわいそうなことになる前にきれいな子はぽつんと呟いた。


「あ、ありがとう」


 え、嬉しい。はにかみいただきましたー! むしろあたしがお礼を言わなきゃいけないのでは?


「どういたしまして」


 思わず満面の笑顔で返したあたしにどうやら呆気を取られたらしいきれいな子はぽかんとした。うん。初対面の他人に満面の笑みを向けられたらそうなるよね。アウッ視線をそらされたァ!

 こ、ここで縁を切らせたりしないんだから!


「ねえあなたこの町の子よね。あたしファウバスィーヤっていうの。町を案内してくれない? この町に来たばっかりで、散歩に出たはいいけど帰り道を覚えてないの」


 気づけばあたしの両手はきれいな子の両手を握っていた。フワァ。正気を保つのよ、あたし! なんでもない顔をして! 手汗大丈夫かしら?!

 戸惑いがちに頷かれてガッツポーズを決めなかったあたしエライ。


「ありがとう! じゃあ行きましょ!」


 さりげに手を繋いだまま来た道を戻って雑木林を抜ける。そうして肝心のきれいな子の名前を聞き忘れていたのに気づいた。


「ねえ、あなたの名前は?」


 教えてもらえるかしら、とドギマギしていたけれど、小さく返事があった。


「……ダギルハーズ」

「素敵な名前ね!」


 きれいなダギルハーズにぴったりだわ! 響きが美しい! お義母かあ様はセンスが良いのね!

 またまたぽかんとされてしまい、あたしは気まずさを払拭するためにしゃべってしゃべってしゃべりまくった。ダギルハーズはあたしの家族構成とか興味ないと思うの!

 気まずすぎてダギルハーズの顔を見られなかった。顔に出さないようにしてるけどめちゃくちゃ緊張してる。手汗、本当に大丈夫かしら?!

 手汗やら動悸やらのせいであたしはダギルハーズに宿へ案内してもらうことをすっかり忘れていた。

 それから宿屋に案内してもらったのは一番星が出てからしばらくしてからのことだった。

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