刺客
セシルが向かった道具屋は、高級宿屋から歩いて1時刻ほどの距離があった。その途中には製鉄所が建ち並ぶ工場群があり、道の両脇にある煙突からはもくもくと白い煙が出ている。
フレアはその光景がよほど気に入ったらしく、時々立ち止まってはじっと見入ったりしている。
俺としては先を急ぎたいところだが、ご主人様には逆らえないペットの身としては、大人しく待っているしかないわけで……
「なあフレア。俺たちが向かっている道具屋には、この工場で作った製品も置いてあるんだぜ?」
「どうぐや?」
「そうだ。道具屋には、いろんな大きさの鍋や包丁などの調理器具がいっぱい置いてあるぞ。それがあれば美味しい料理が何でも作れるんだぜー?」
「おおーっ、どうぐや、すごいのー!」
バンザイのように両手を上げて、くるっと前を向く。
そして杖をぶんぶん振りながら大股で歩き出す。
今はフードを外しているから、金髪のくせっ毛が動きに合わせてぴょこぴょこと跳ねている。
なんか可愛いな。
こいつ、見た目以上に精神年齢は幼いんじゃないか?
思わず守ってあげたくなっちまう。
いやいや、騙されねーぞ!
これが魔女の手口か!
しばらく歩いていると、遠くの方に怪しい三人組の男が、こちらを向いて立ちはだかっているのが見えた。
後ろを振り向くと、いつの間にか二人の男が俺たちの後を追うように歩いている。
道の両脇は工場のフェンスが続いている。
「フレア、俺から離れるんじゃねーぞ?」
「んー? どうしたのー?」
まあ、俺は鎖で繋がれているから、離れようがないんだがな。
「人間が密集して暮らすような場所には、必ず悪い奴がいるんだよ。人の財産をかっぱらって、手っ取り早く金を稼ごうとするような奴がな」
「おー、それ知ってるの。わたしのところにも来たのー」
「いやいや、そいつらはきっと王国の使者だから、全然悪い奴じゃなかったとは思うぞ? だが、今度は正真正銘の悪い奴らだ。お仕置きをしてやんねーとな!」
「たべちゃう?」
杖を両手に構えて、舌をペロッと出す。
もしかすると、これは彼女なりのジョークなのかもしれないが……
「いいや、ご主人様にはちゃんと美味いモンを食わせてやるんで、ここはペットの俺に任せてくれ」
胸ポケットの葉巻と前ポケットの魔石を帽子の隠しポケットに仕舞い込み、ズボンと胸ポケットの布を引っ張り出す。
これで準備万端だ。
「俺たちは見ての通り、金になるものなんざ、なーんも持っていねーぞ? まったくの無一文の貧乏人だぜぇー」
俺は両手を広げ、俺たちを狙っても意味がないことをアピールした。
これぞおっさんの生きる知恵〝無用な争いは避ける〟だ。
だが――
「ん? お前らは……」
どこかで見たことがある顔だと思ったら、みんなパーティのメンバーだ。
あまり俺とは交流のなかった連中だけれど。
「おいおい、みんな揃ってこえー顔しやがって、いったい何事だ? ひょっとして、クビになった俺を気遣って、餞別でも渡しに来たのかい?」
しかし、メンバーの奴らは無言で俺とフレアを囲こんでいく。
「……という訳でもなさそーだな。これはお前ら下っ端の独断か? それともロベルトの指示か?」
「どっちでもいいだろ。どのみちあんたはこれから死ぬんだからよ……」
グイッと腕を引っ張られ、両脇から男達に肩を掴まれる。
「おい! その子には手を触れるな!」
「あんたが暴れさえしなければ、そいつには用はない」
「ありがてぇー、それは助かるよ……」
俺がホッとした顔を見せると、男達の間に高笑いが広がっていく。
どちらかというと、助かったのはお前らの方なんだけどな。
「なあ、お前らの大将はどうしては魔女討伐のクエストを達成したなんて嘘をついちまったんだ?」
「知るかよ! 俺たちが退却した直後に森の奥で大爆発が起きて、森の半分が木っ端微塵に吹き飛んじまったんだ。それを知った街の連中が、勝手に俺たちを英雄に祭り上げちまったんだよ!」
「あー、やっぱりそういうことか……」
ギルドマスターとロベルトの会話から何となくは想像していたけれど。
「だが、このチャンスを逃す手はねーだろ? 英雄の称号と大金が手に入るんだからよ。だから、俺らはあんたを口封じしなければならなくなったんだよ! 悪く思うなよ?」
「いや、それは無理ってもんじゃねーか?」
「なら、絶望して死にやがれ!」
男のナイフが俺の腹部に向かって突き立てられた。
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