勘違いの連鎖
窓の外には人だかりができていて、皆口々に魔女を討伐した英雄についてうわさ話をしている。
近隣の森に恐ろしい魔女が棲んでいることは、街の人々にとっては相当に恐怖の日々だったらしい。
それが国王の依頼を受けてやってきた勇者パーティによって退治されたという。
わずか3年で駆け出しパーティをSランクに成長させたロベルトを、皆が褒め称える言葉を重ね合っている。
魔女が棲み、森に魔獣が集まり、冒険者が街に増えたとしても、街に暮らす人々にとっては何の利益もない。
だから、ロベルトは街の英雄になったのだ。
だが、それは間違えだ
魔女は死んでなんかいないのだから。
「レン、ごはん無くなったのー」
窓から外を眺めていると、フレアに袖を引っ張られた。
「お、もう全部食い終わったのか。美味かったか?」
「うまかったのー」
満足げに笑う小さなお口の周りが、油でギトギトに光っている。
仕方がねーな。
ウエイトレスから渡されていたナプキンでゴシゴシ拭いてやろう。
「これでよし。じゃあ、これ以上騒動が広がらねーうちに、森へ帰るか」
「いちばにいく?」
「いや、この騒ぎでは、ろくに買い物もできねーだろ。調味料は、また今度出直して来ようぜ」
「うー」
フレアが唸ると、首輪がググッと床に向かって引っ張られ、俺は床に押しつけられてしまった。
ギルドの連中がこっちを見て、なにかヒソヒソと話している。奴らには首輪も鎖も見えないから、頭のおかしな奴の奇行とでも思っているんだろう。
まあ、鎖が見えたら見えたで、変態プレイに興じるおっさんと見られてしまうんだろうがな!
「わ、わかったから! ちゃんと市場に寄っていくから引っ張らないでくれ」
「わーい、いちばァー!」
市場で調味料を買うのをそんなに楽しみにしていたのか。
フレアの食に対するこだわりは相当のものだ。
つい昨日まで、生肉を喰らう原始人のような生活を送っていた奴とは思えないぜ。
「んじゃ、行くか」
「いくのー」
杖の先を出口に向けて、元気いっぱいに声をあげるフレア。
俺は機嫌を損ねないように細心の注意を払い、後ろから肩に手を乗せてグイグイ押して誘導していく。
だが、今日の俺はハードラックの女神にでもキッスされてしまったのか。
ドアに辿り着く前に、今最も会いたくない連中が、肩で風を切って入って来たのである。
俺はクイッとフレアを方向転換させ、従業員の背後に身を隠す。
国王から頂戴したという自慢の金ぴかの甲冑を身にまとい、勇者の象徴である長剣を背負ったロベルト。
ロベルトの側近であり、剣の達人でもある長身の剣士。
ガチガチの甲冑を着込んだタンク。
そして、その他の仲間たちが、ぞろぞろと入ってくる。
皆一様に手傷を負い、満身創痍。
魔獣の追撃をなんとかかわして、命からがら逃げてきたというところだろう。
「ロベルト様、この度は魔女討伐お疲れさまでございます!」
「あ、ああ……」
ギルドマスターが揉み手で近づいていった。
ロベルトは明らかに戸惑いの色を見せている。
そりゃそうだ。
奴は魔女討伐を断念して、俺を囮にして魔獣の群れから逃げ帰ったんだ。
それがなぜか魔女討伐を成功させ、街の英雄になったと勘違いされている訳なのだから。
「勇者さまー、魔女はどんな顔していましたか?」
「魔女はやっぱり美人でした?」
「最後はどんな技で仕留めたんですか?」
他の冒険者たちも加わり、質問合戦に突入していく。
「ああ、そうだな。魔女は恐ろしいぐらいに美人だったな」
「かなり手強かったけどよ、最後は俺たちに命乞いをしてきたぜ!」
「がはははは、俺たちにかかっちゃ、どんな魔女もイチコロだぜ!」
何て奴らだ。話を適当に合わせやがった。
奴らはまだ若いのに、処世術も超一流かよ!
くそっ!
「ではロベルト様、魔女を倒したという証拠の品は何かございますか?」
「「「えっ」」」
ギルドマスターの問いかけに、ロベルト達は固まった。
「もちろん、魔獣のように魔石が採れるわけではないのは承知しております。ですから魔女の杖、髪の毛、爪の先でも何でも、証拠品があれば手続きができます故に……」
「そ、そんなものはないが……」
ロベルトの目が泳ぎ始める。
だが、一度動き始めた盛大なる勘違いは、それを都合良く解釈しようとする力をも生み出すものだ。
「ああ、跡形も無く、消し炭になったということですね!」
ギルドマスターは、ポンと手を叩いて言った。
「そ、そうなんだ! 魔女は最後に自爆したんだ!」
「俺たちには敵いませーんってな!」
「そうそう、派手に自爆しやがったぜ! がははははは」
そして笑いの輪は広がっていく。
俺は今すぐここから逃げ出したい気分になった。
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