暴食の器
「おいおい、魔女にとって杖は相棒のようなものだと聞いてはいたが、実際に喋るところは初めて見たぜ……」
無機質な杖が、生き物のようにくねくねと動く姿は異様だ。
『ふむ。我の声が聞こえておるということは、うぬも魔女ということで間違いなかろうな。魔女よ、先ほどは失礼した。我は暴食の器。そこに呑気な顔をして寝ておる暴食の魔女と共生する精霊のような存在とでも思ってくれ。で、うぬの器はどこにおるのだ? 挨拶を交わしたい。もったいぶらずに早く会わせるがよいぞ?』
杖は呆れるほど早口にしゃべった。
「いや、俺は魔女ではない。俺の記憶の中を覗いたんだからそのくらい判るだろ?」
『そんなことはあるまい。魔女は一子相伝。そして対となる器も親から子へと脈々と受け継がれるものであるからして……』
「〝器〟って、杖のことを言っているのか? それなら、母さんが俺を産んだときに粉々に砕け散ったらしいぞ?」
『嘘をつくなーッ! 器が壊れる訳がなかろうがーッ!』
「痛てッ! 何すんだこの野郎!」
俺の言い方が気に障ったのか、杖がジャンプして俺の額を弾きやがったので、俺はベッドから飛び降りて蹴り飛ばそうとした。
寸前のところでピョーンと飛び跳ねて逃げるところを、手を伸ばして捕らえたが、胴体をくねくねと揺らされ、するっと手から抜け出てしまう。
『うぬは魔女だ! その証拠に我の声が聞こえておるではないか!』
「俺は魔女ではない! なぜなら、俺は男だから! ああ、くそったれがッ、自分で言っていて情けなくなるぜ!」
「やかましいのォォォー!!」
突然フレアがむくっと起き上がって叫び声を上げた。
途端に杖は動きを止めて、カタンと床に転がる。
「あ、美味しいヤツ」
耳元で声がした。
寝ぼけ眼のフレアが、あんぐりと口を開け、俺の肩に噛みついた。
俺の断末魔のような悲鳴が宿屋に鳴り響いた。
「お客さん! どうしました? 開けますよ?」
俺の悲鳴を聞いて心配した宿屋のおやじが、部屋の惨状を見て絶句している。
本当にスマン。
床一面に俺の血が飛び散ってしまって。
「……ふぁ? レン、おはよう」
「ああ、おはよう。よく眠れたか?」
「うん!」
朝一番のフレアの笑顔。
可愛いな、おい!
口元にべっとりと付いた血は俺が拭いてやるよ。
「お客さん、ずいぶん昨夜はお楽しみのだったようで……」
「いやいやいや、昨日も言ったように俺たちはそんな関係じゃねーから!」
もはやそんなことはどうでも良い状況になっちまったがな。
「うちも商売ですからね。部屋を汚されるようなプレイは困るんですよ。あっ、獣人プレイをしましたね? これはまたハイレベルな……」
おやじは怪しいグッズの入った箱を覗いて、ブツブツ言い始めた。
「いやいやいや、あっ……獣耳は確かに使ったかも知んないけど……」
反論すればするほどに、言い訳のように聞こえてしまうってこと、あるよな?
結局俺たちは宿を立つときに、200ギルの返金を受け取ることはできなかったのである。
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