産声
突然眩しい世界に引っぱり出された俺は、何が起きたのかまったく理解が追いつかなかった。
目を開いても視界はぼやけ、俺をのぞき込む人物が誰であるかもよく分からない。
苦しい。
呼吸ができない。
苦しい。
そして、俺は産声を上げた――
『ああ……エリーザ、落ち着いて聞いてくれ。産まれてきた子は……男の子だった……』
『はぁ、はぁ……そう。バレン、私たちの赤ちゃんの顔を見せてちょうだい……はぁ、はぁ……』
『エリーザ……俺の言葉が聞こえなかったのか? 男の子なんだ……』
『うふふふ、ねえ、目もとなんかあなたにそっくりじゃない? きっとあなたに似てハンサムな子になるわ』
『魔女は女の子しか産まれないはずなんだろう? でもこの子は男の子だ。果たしてちゃんと育つのだろうか? 魔女の継承者が得られないと国家の危機でもあるけれど……そんなことより俺は君が悲しむところを見たくはないんだ!』
『大丈夫。大丈夫よバレン。きっと大丈夫。この子は立派に育つわ。だって、あなたの子だもの! そう……名前はレンにしましょう! あなたのように強くたくましい男の子になるように!』
これは俺が生まれた直後の記憶。
言葉の分からない俺は、ただ音として記憶していたに過ぎないのだが、今ならはっきりと聞き取れる。
俺が生まれて、父さんと母さんは戸惑っていた。
俺の誕生は決して祝福されてはいなかったんだ。
<< 俺 の 記 憶 を 勝 手 に 覗 い て い る 奴 は 誰 だ !? >>
▽
大雨の日、軍服の兵士が家に書簡を届けに来た。
母さんは扉の前で泣き崩れた。
「レン、お父さんが亡くなったの……最後まで勇敢に戦って、名誉の戦死を遂げられたの……」
これは俺が3歳のときの記憶だ。
母さんがこんなに泣き崩れるところを見たのは、これが最初で最後だった。
「レン、あなたの父さんは立派な軍人だったの。戦争が終わり平和が訪れて、あの人と私は愛し合い、あなたが生まれたの。それは何一つ後悔はしていないし、もう一度やり直せるとしても、同じ道を選んだわ。でも、人間は愚かなの。国と国との争いは永遠に終わらない。だから……あなたには……」
軍の幹部だった父さんは戦死し、俺には魔女の力は継承されていないことが判明すると、俺たち親子はわずかな手切れ金を渡されて王都から追放された。
けれど、今思えばそれは母さんが自ら望んだ道だったのかもしれない。
▽
「レン、この薬草の名前をいってごらん」
「レン、これは傷の治癒に良く効く薬草よ」
「レン、これを口の中に含んでごらん」
「レン、これは毒草。これは薬。違いを良く観察するのよ」
「レン…………」
王都を離れた俺たちは、辺境の森で静かに暮らしていた。
質素で貧しい生活だったが、あの頃は毎日が幸せだった。
近くの村で薬を売り歩き、生活に困らない程度の収入を得ることができていた。
母さんは薬の調合やこの世界の
そうして俺はいつの間にか、この世界の全てを知ったような気になっていたんだ。
そんなある日のこと――
俺が一人で留守番をしていたら、怪我をした男達が家へなだれ込んできた。
魔獣に襲われ、命からがら逃げてきたという。
治療薬がないかと問われ、俺は母さんが調合した瓶入りの薬を渡した。
軽傷だった男達にはすぐに効果が現れたが、魔道士がずっと治癒魔法をかけ続けている男には効果がなかった。
「まだ薬は残っているよ? もう1本あげてみて……」
「この男はもう死んだ。死人に効く薬はない。たとえこのわたしの魔法でも……」
「そんな……」
初めて目の当たりにする死に、俺はひどく動揺した。
きっとまだ幼い俺を気遣ってくれたんだろう。魔道士の男が震える俺の手を握ってくれた。
その時、俺は初めて
全身に力がみなぎってくる感覚。
持っていた薬ビンが一瞬輝き、液体の色が変わっていく。
「おい坊主、何をしている? そいつに薬を飲ませても無駄だ! 俺たちにできることは祈りを捧げることだけだ」
俺はただ、目の前で起きた人の死から逃げ出したくて、男の口に薬を流し込んだ。
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