しお
「おいしい…… とてもおいしいの!」
熱々に焼けた肉を、バクバクと食らいつくフレア。
直火の調整は思ったより難しく、表面は真っ黒に焦がしてしまったものの、中までしっかりと火が通っているようだ。
それにしても、フードを外した彼女は、俺の見立て通りにすっごい美少女だった。
緩くカールした金色の髪はさらっさらで、ぱっちりと開いた瞳の色はどこまでも紅く吸い込まれそう。
たとえこれが優秀な遺伝子を選別するための、魔女の戦略と分かっていても、普通の男なら手を出さずにはいられないだろう。
だが俺は立派な大人だ。
見た目10代前半の魔女に手を出すようなヘマはしない。
それに俺、こいつのペットだしな……
うーむ。
美少女が自分の頭よりも大きな肉に、バクバクと食らいつく姿を見ていると、そのアンバランスさに妙な感情が湧いてくる。
これを何て言うんだっけ?
そう、ギャップ萌えだ!
――などとくだらない思考を巡らせていると、フレアが俺の目の前に肉をぐいっと寄せてきた。
「レンも食べるの!」
「あっ、そうか。じつは俺も腹が減って倒れそうだったんだ」
目の前の美少女に見惚れて、すっかり自分のことは忘却の彼方に追いやっていたが、一度胃液まで吐いちまった俺の腹には何も入っていない。空腹はすでに限界に達していた。
俺が肉を受け取ると、フレアは満足げに笑う。
その笑顔はキラキラ輝く宝石のよう――
なんだこいつ。俺を魅了しようとしているのか?
それとも……主人がペットを愛でているような感覚なのだろうか。
俺は胸の高鳴りを覚えるも、努めて平静を装って肉に食らいつく。
「うっ……こ、これは! ……味気ないな」
「おいしくないの?」
「ああ。調味料がないと、肉の臭みもとれないからな。せめて塩でもあれば良かったんだが……」
「しお?」
「そう、塩だ。……まさかお前、塩を知らないのか?」
「んー?」
首を傾げる美少女。
カワイイな、おい!
しかし困ったな。
食文化の違いは戦争の火種にもなりうる
いや……こいつはそもそも、魔獣の皮も剥がずに生で食うぐらいにワイルドな奴だ。食文化に触れる機会すらなかったのか。
おそらく、この森の中で一人、原始人並みの生活をしていたんだろう。
ブラックホールの影響で吹き飛んでしまった家というのも、原始人が住むレベルの物だったに違いない。
そう考えると、途端にこいつを守ってやりたいという感情が湧いてくる。
これも魔女の戦略と解っていても、この感情は止められそうにない。
俺はこいつを守ってやりたいと心から思っている。
ご主人様に忠実なペットで有りたいと、心から――
「うおぉぉぉーッ! その手には乗らねーぞ!」
ガバッと立ち上がり、邪念をたち払う。
「レン、もっと食べるの!」
「いいや、それはお前が全部食べていいぞ! 俺は今すぐ調味料を買ってくるからここで待っていてくれ!」
「レン、どこへ行くの?」
「街だ」
「人間の……まち」
「あっ」
口を滑らしてしまった。
俺は馬鹿だ。
人間が近づくことを拒みつづけ、この森で独りぼっちで生きてきた魔女の心の闇は相当に深いはずなのに。
ここで人間の街の話題を切り出してどうする!
フレアの瞳が灼眼に光りはじめる。
怒りの感情が眼光に表れているのだろう。
グワッと勢いよく立ち上がり、俺のシャツを両手で掴んできた。
俺は慌ててその手首を握る。
だが――
「人間の街、美味しいものいっぱいなの! わたしも連れて行くの!」
灼眼の瞳がギラギラと輝いていた。
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