48 ずれていく想い

 驚いているのも束の間、上から新しく、重い音を立てて新しい遺体が落ちて来る。ピナが悲鳴を上げそうになりミーシャに抱き付いた。エリアルも顔を真っ青にしている。ミーシャはそんな二人の肩を抱き寄せて、自身も唇を噛み締めて悲鳴を堪えた。

 そんな中、アイラは四人を置いて、遺体を観察するようにしゃがんだ。水に浸かっている遺体の顔つきは、皮膚と骨だけになっても苦悶の表情が浮かんでいる。一つ一つ見る訳でもなく、ざっと目を通すと立ち上がって「なんてこと」と呟いた。

「……これ、村の人だわ。服装が同じだもの」

「そうか……既に吸血鬼の眷属化していたせいで、こんな……これではあまりに……」

「ねぇ――」

 悔しげに放たれたマットの言葉に、ピナが一早く反応した。その表情は、恐ろしい光景を見ているというのにどこか呆けているようだった。


「――アタシの、ママとパパは……?」


 たどたどしく言ったその声はピナの年齢よりさらに幼く思えた。言葉を発せなくなった一同に対して、ピナは不安げな眼差しで積み上がった屍の山へと目を向ける。そして、人と人の隙間から美しいドレスが見えた瞬間――ピナは目を見開き――その場に崩れ落ちそうになった。


「ピナちゃん!」


 ミーシャが慌てて支える。呼び掛けにも反応せず、ピナの瞳は虚ろで何の感情も映さないまま、大粒の涙が落ちていく。マット達も駆け寄るが、その足音とは別に洞窟の奥からも複数人の声と足音が聞こえてきていた。


「……今は逃げるぞ!」


 声を掛けたマットはピナを抱えると走り出した。抱えられたにも関わらず、ピナは力無くマットの腕に抱かれ、胸にもたれかかるとまた瞳に溜めた涙が零れていった。



「大丈夫?」

「うん……」

 アイラがハンカチを差し出すとそれで涙を拭きながら、ピナは鼻を鳴らしながらも涙を拭いていった。草むらの影から辺りの様子を窺っていたマットは、険のある顔を僅かに緩ませてからその場に座り込んだ。

「一先ずは撒けたようだ」


 洞窟の外はミーシャ達の記憶通り、渓谷となっていた。朝の日射しは射し込んでいるとは言えど、草木が生い茂る場所では暗がりになっているせいか。五人を探している追手が追い付くのには、まだ時間を有しそうであった。

 そして、気持ちの問題もあるだろう――ピナは明らかに目を腫らし、意気消沈してしまっていた。時間が足りない――皆を引っ張っていたはずのマットの顔にも焦りが浮かんだ。


「渓谷に戻ったって事は……一斬さん達も近くに居るんでしょうか?」

「どうだろうな……あの三人の事だ、俺達を探して移動しているだろう。それに、方角を探ろうにも目印はない」

「星も見えないからねぇ。ま、水が流れてるし食べ物はまだあるから――」

「これから、どうなっちゃうの?」


 掠れた、涙声でピナがそう震えた声で言った。不安げな瞳に返ってくる言葉はないが、代わりに今まで無言だったエリアルが彼女の傍に寄ると、同じく泣き出しそうな顔をしながら頭を下げた。

「ごめんね、ピナ……」

「エリアル……もう、もう全部遅いよ……!」

 ピナは一瞬呆気に取られたようだったが、すぐに顔を歪めてエリアルから視線を逸らした。俯き、膝に隠れた顔から表情は読み取れないが、その肩が震えているのが分かった。

「ママもパパも、もう戻って来ないのに……!」

「ピナ……」

「――エリアルなんか嫌い! 大っ嫌い!!」

 堰を切ったように言い放たれた言葉に、その肩に触れようとしたエリアルは思わずと言った様子で手を引いた。どうしたらいいのか分からないのだろう、その手は力無く自身の膝の上へと落ちていった。

「ごめんね……」

 エリアルの声は、ピナのすすり泣く声にき消されるようなか細いものだった。そうしてしばらく、誰も二人に声を掛けられなかったが――マットが小さく息を吸う。


「――俺も、友人と上手くいかない時期があった」


 不意に聞こえたそんな言葉にエリアルもピナも、俯いていた顔を上げた。マットは辺りの様子を窺うように目線を外に向けながらも、言葉は語り掛けるようであった。


「俺は貧しい貧困街で両親に捨てられてな、育ての親の顔は知らん。特別な印があるからと拾われたのだが……それが友からすれば随分ずいぶんうとましかったらしい。俺とそう歳の変わらない奴で、仲良くしようにも徹底的に避けられる始末だった」

「マットさん……」

 そこでマットは一度言葉を区切ると、ゆっくりと二人の方へ顔を向けた。

「状況や育ちは子供じゃどうにもならん時もある。それで疎まれ、避けられ、さげすまれる事もある。エリアルの状況も、父と母には逆らえないものだったのだろう」

「だから許せっていうの?」

 さとすようなマットの言葉にピナは棘のある言葉をぶつけ睨み付けた。だがマットの表情は静かなもので、首を振って返した。


「――許さんでいい」


 当たり前のように放たれたその言葉が意外だったのか、二人が目を見開く。

「許さなくていい……というより、そんな風に許せと言われたところで、お前は納得できるか?」

 少し考えた後でピナは首を緩く、横へと振った。

「だろう? どうしても憎くて仕方がない、状況が変わらんなら互いに離れるのも手だ。憎しみ合わないためにな。それが相手のためにもなる」

「離れる……」

 そこでようやく、ピナとエリアルは目を合わせた。

「ピナ……」

「……エリアルは、どう思ってるの?」

 目を吊り上げたまま、ピナはエリアルに声を低くしながらも尋ねた。エリアルは赤い瞳を揺らして、しばし俯いた後……唇を結んで顔を上げた。


「私……私、ピナのためになるようなことする。私、なんでもやる。ピナのためなら、なんだってする。消えてって言われたら……消えるよ」

 最後のエリアルの言葉に、マット以外の三人は息を飲んだ。ピナの瞳が見開かれる。

「……エリアル」

「だから……本当にごめんね、ピナ。謝っても、謝り切れないけど……ごめんね――」

 赤い瞳から涙が零れ落ち、エリアルはその場に手を突くと頭を下げた。ピナはそれを呆然としたように見つめた後で、先ほどのエリアルと同じように肩に手を置こうとして――その手を引いた。

「ごめん、今はまだ上手く言えないや……でも、エリアルの気持ち分かったから、今は一緒に居る……それでいい?」

「うん……ありがとう、ピナ。それで十分」

 エリアルは背を伸ばした。そして、ピナに向かってただただ悲しげに、寂しげに微笑んだ。

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