39 不思議な少女との出会い

「エルクラットから来たリザードマン? 見てないねぇ」

「緑の鱗ねぇ……ここら辺に来るリザードマンは大体茶色か赤色だしなぁ、勘違いじゃないのか?」

「やぁ、ピナ。えっ、旅人かい? 見てないよ。というか……後ろの人達はいつここへ?」

「エルフに巨人族に、片目のない女と異国の男……? そんな変な組み合わせ見たら噂になってると思うよ。見ての通り小さいからね、この村は」

「アンデリータから? あそこは余所者には厳しいからねぇ、変な事されなかったかい?」

「へぇ、渓谷を越えて来たのかい、大変だったねぇ。あそこはドラゴンも住んでるし……あそこから一瞬で移動出来た楽なんだろうが、ここには転移魔法を敷くような金もないからね」



「全然、駄目だったね……」

「どっちも手掛かり無しとは……」

 アイラが疲れたような口調でそう言うと、マットもそれに乗る形で溜息を吐く。三人は村の端で椅子代わりに石へと腰かけていたのだが、ミーシャは疲れも気にしていない様子で辺りを見渡していた。

「ノイさん達、まだ到着してないんでしょうか……」

「もしかしたら渓谷で――」

「――アイラ」

 マットが言葉を遮るように口を挟んだ。アイラが「何さ」と半ば睨むようにマットを見れば、その隣ではミーシャが表情を曇らせては俯いている。

「嘘よ嘘! 渓谷の残骸に、それっぽいのは無かったもの!」

 その顔を見て、アイラは慌てて付け足すようにそう言った。


 小さな宿や酒場でも情報を集めようとしたが、収穫は無かった。尋ねても村人は知らないと首を振るばかりで、さらに言えばここ数か月は誰も訪ねて来てはいないらしい。住民は気の良い人間ばかりで、外から来たマット達に対して嫌な顔一つしなかった。

 だが、スピリットを操っている存在を探る事も出来なかった。


 スパーニャから聞いた話によると外部と連絡は付かないはずのこの村は、そんな弊害を物ともしていないかのように安穏あんのんと過ごしている――それが違和感を抱かせ、何か胸騒ぎがしてならない。しかし、外に出ようにも、広大な荒野から渓谷を探すにはそれなりの準備も、装備や道具も必要になる。


「この村は何かおかしい。このままリーンシアさん達を待つか、それとも渓谷へ戻るか……」

「戻るにしたって食料と水がないとねー……後、そこまで移動用の馬車かな。お金あるの?」

「……無いな」

 財布を確認してからマットがそう呟く。先ほど手持ちの金がいくらか数えたばかりだ。これもやはり分担して持っていた事もあって、三人の持っている金を合わせても旅立つための食糧なども揃えられるか怪しい――そこまで考えたのかマットは苦悶の表情を浮かべ、自然と寄ってしまった眉間の皺を揉んでいた。

「あの、薬でも売りましょうか?」

 ミーシャが鞄を漁って薬品を何個か取り出して見せるが、アイラが苦く笑って「たぶん足りないよ」と否定するように手を振った。

「というか……凄い薬の量だね」

「準備が要るかなと思って……酔いを止めるものは無かったので、入れておけばよかったですね」

「あはは、馬車酔いは珍しいから」

「悪かったな」


「おーい!」


 晴れない顔の三人と比べて明るい声が聞こえて来た。顔を上げれば、変わらず明るい笑顔を見せたピナがこちらへ走って来る。そして、息を上げる様子もなくやって来たピナは、三人の表情を覗き込むように体を曲げてじっと見つめた。

「お友達、見つかった?」

「ダメダメだったわ」

 アイラが苦笑して肩を竦めると、体を起こしたピナは腕を組んで「うーん」と唸っている。仕草がどこか演技めいているが、悩んでいるというのは分かった。そして、ふと何か思いついたように「あっ」と声を上げた。

「なら……教会には行った?」

「教会……ってどこにあるの、それ?」

「あそこ!」

 周りに教会らしい建物は見えないどこも似たような四角の建物ばかりだ。しかしピナは、その一つを指した。一見したら二階がある事以外は普通の家と何ら変わりがなく、教会と言われてもピンと来ないだろう。

「ミーシャちゃん達、来たばっかりでいわゆる〝宿なし〟ってやつでしょ?」

「……まぁ、確かに」

 苦虫を噛み潰したかのようにマットが答える。それを聞いたピナは悪戯っ子のように猫のように目を細め、歯を見せて笑って見せた。

「ならママに頼んだらいいよ、泊めてくれると思うから」

「ピナちゃんのママ?」

「うん、教会のシスターなんだ。すっごい美人なんだから!」

 そう自慢げに胸を張るピナは三人の返事も聞かず、また走り始めた。そして最初出会った時のように、兎のように跳ねては両手を振っている。

「こっちこっちー!」

「元気だな……」

「ナーシャはあそこまでじゃなかったんだけどねぇ……」

「似ているのは偶然じゃないか?」

「うーん……」

 マットの言葉にアイラは引っ掛かりを覚えているのか、表情を少々険しくさせ……すぐに表情を緩めて笑った。

「まっ、とりあえず泊めて貰えるってんなら泊めて貰おうか。ミーシャちゃんも疲れたでしょ?」

「いえ……よく薬草とか採ってましたから平気ですよ」

「逞しいのは良い事だが……戦闘から歩きっ放しだったからな、疲れが溜まっているかもしれん」

「おーい、置いてくよー?」

「はーい、今行くったら!」

 またしても焦れたらしいピナの声に急かされつつ、三人は歩き始めた。


         *


 ピナに案内されたのは教会というよりは礼拝堂と言った方が近いだろう。奥には聖母像が一つ、後は小さなランプが揺れ、くすんだ赤土の壁に囲まれている礼拝室は寂れている印象を抱かせた。


 三人とピナが中に入ると、古いのか大きな扉が軋んだ音を立てる。その音に気が付いたのか、聖母像の近くで話し合っていたらしい――女が二人、一人はシスター服を身につけており、他は男が一人、そして子供が一人――四人が一斉に入口の方へと視線を向けた。その眼差しが鋭く、酷く怯えているようだったが……ピナの姿を見ると、それぞれ肩の力を抜く。


「ママ、ただいま!」

「おかえりピナ……その方たちは?」

「お客さんだよ、旅人なんだって」

「どうも」

「こんにちは」


 ピナの母親らしいシスターは三人に近づいて来ると、少々顔を強張こわばらせながらも笑顔を見せる。ベールから覗く髪の跳ね方や、歳を重ねているにも関わらず少女の面影を残したような顔つきが、ピナとは親子なのだと思わせる。そしてピナが言う通り、儚さと端正たんせいな顔つきが目を引く美しさがあった。

 緊張をほぐすかのように三人がそれぞれ礼をして見せると、年若い青年達の姿を見て、何か思う所があるのかシスターは「まぁ」と驚いた顔をした。

「まだお若いのに……このような辺境の地までよくぞいらっしゃいました。私はこの子の母親で、シスターをしているリンダと申します」

「ねぇねぇ、この人達〝宿なし〟なんだってママ。お金もないって」

 少々揶揄やゆも含んだような物言いにマットが顔をしかめ、ミーシャやアイラは苦笑して見せた。慌てた様子でリンダが「こらっ!」と母親らしくピナを叱った。

「すみません……この子、色々とご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

「あはは、色々とよくして貰いましたよ!」

「はい、案内してくれて助かりました」

 その言葉にマットは若干不服そうではあったが、アイラとミーシャが笑顔を見せてそう話すとリンダは娘の心配をしていたのか、ほっと安堵する様子を見せた。

 しかしピナは母親の心配を余所に後ろに居た……おそらく親子だろうか、そんな三人を見て「あっ!」と声を上げた。


「エリアル!」

「……ピナ、久しぶり」

 母親から離れてピナが少女へと駆け寄って嬉しそうに笑う、エリアルと呼ばれた少女はそんなピナの様子に同じく頬を赤らめ、はにかんで見せた。白い肌に癖の強い赤毛、そして同じように緋色の瞳が印象的な少女だ。よく見ると、母親と父親らしき人物も多少色はくすんでいるものの、赤に似た色の髪色と瞳をしている。


「……お話の途中でお邪魔してしまって申し訳ありません、シスター・リンダ」

「いえ、よろしいのですよ。宿をお探しなのでしょう? どうぞ家へお泊りください。丁度部屋は空いておりますから」

 頭を下げたマットの言葉にリンダは首を振って、柔らかく微笑む。後ろでは、ピナが燥いだ様子でエリアルと話し込んでいる。自然と視線が彼らに向かうが、リンダが声を掛けた事でそれは中断された。

「それでは、部屋へご案内します。こちらへどうぞ」


 リンダに促されて、三人は少女たちの明るい話し声を聞きながら彼女の後を付いて行く。その間、エリアルの両親が険しい顔つきをしてはその背を見ている事には気が付けなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る