27 邂逅

「タイタニラたちが帰って来たぞー!」

「ドラゴンを討ち取ったらしい!」

 鐘の音に混じって聞こえて来た声に、一斬達の足が止まる。すると市場で一行に向けられていた刺々しさのある視線が、一斉に歓喜と安堵の色へと変わっていき、話し声は談笑が混ざり始めた。

「よかったわ、すぐまたドラゴンが出始めた時は驚いたけど」

「ほんと、今日も御馳走ね」

 子供達を中心に声のする方へ小走りに向かっていく者達も居た。自然と、ミーシャ達の目もそちらを追って行く。方向は馬車が入った入口とはまた違い、東の方からのようだ。

「どうするの?」

 チェイシーが一斬の傍に寄ると歓声に掻き消されないよう、それでも小さく耳打ちして尋ねる。それを聞くと一斬は複雑そうな表情を見せた。

「マットの調子も悪いし、とりあえず宿行くのが先だ」

に見つかったら?」

「覚悟だけしとけ」

「投げ槍ねぇ」

 ふぅ、とチェイシーは小さく溜息を吐いたが、それ以上は特に反論する訳でもなく――マット達を急かすように後ろから声を掛けていた。一斬は歓声のする方を一瞬振り向き……すぐに宿の方へと歩き出す五人の後を追って行った。


      *


 町の中央広場には巨大なドラゴンの屍が寝転がっていた。

 その周りに、行商人を始めとして初めてドラゴンを見る子供など、住民も集まってきているようだった。討伐へと向かった男たちはねぎらいの言葉と酒を受け、踊りも始まり、小さな宴が始まろうとしている。

 一番の功労者であるタイタニラも酒を受け取ったが、適当なところで切り上げ、一人離れた場所で小さな桶かと思うほどの大きさをしたビールジョッキを傾けていた。


「タイタニラ」

 そんな中で男が一人、ドラゴンに群がる人々の中に紛れ、まっすぐタイタニラの方へと向かって来た。

 古びた土色のターバンにケープ、褐色の肌には仄暗い色の黒の瞳に髪。歳を思わせるしわの刻まれた痩せこけた頬――その風貌ふうぼうはいかにも怪しげだ。そんな男の肩には、首輪を付けられ、紐で繋がれた小さな赤いドラゴンが一匹乗っていた。

「バーンズ、どうした?」

「西から妙な奴らが来ていた。女が三人で内一人はエルフ、男も三人……見た目だけで言えば若い奴だ」

「へぇ」

 酒で焼けたようなしゃがれた声でバーンズと呼ばれた男は答える。しかし、その言葉にタイタニラはあまり興味がない様子で、男から目線を外してドラゴンに群がる人々を見ていた。

「珍しいねぇ、訳ありなのか、逃げて来たのか」

「あまり興味が無さそうだな」

「それだけならね。で、なんでアタシにそれを?」

「少し探ったが、お前のが居るようだ」

 その言葉を聞いた瞬間、タイタニラが視線を戻した。バーンズへ向ける表情は、あまり変わらないようだったが、それでも驚きは隠せていない。

「……なんだって?」

「だから、だ」

 確認するように訊いた声に、バーンズは念を押すようにそう返した。そして、少々考えながらもタイタニラはバーンズへと視線を合わせるように屈んだ。


「……詳しく聞かせて貰おうじゃないか」


        *


 宿に着くと男女で別れて部屋を取る事になった。一度集まる事になったものの、三人部屋に六人は少々狭く、結局は床に座っている者も居る。マットはまだベッドで眠っており、しばらく起き上がれる気配は無さそうだった。

「そんじゃ、明日からは各自情報集めだ。組み合わせは前もって言った二人ずつ、ノイ達の行方もそうだが……<夜を謳いし一族ルナクシャル・ミナ>についても調べなきゃならないからな」

「ねぇねぇ、いい加減その一族について教えて欲しいんだけど?」

 一斬が話している最中、そう言って間に入って来たのはアイラだった。

「アタシ知らないんだぁ、その一族。少なくとも、故郷でも聞いた事ないよ」

「俺も知らんぞ……」

 ベッドで眠っていたマットからも、か細い声が聞こえて来た。青ざめた顔だけ向けている姿は哀愁も覚えるが、そんな姿に「無理すんな」と声を掛けてから一斬は話を続けた。

「名前の通り、夜に生きる種族……吸血鬼や人狼を讃える一族だったんだ」

「だった……?」

 一斬の言葉にミーシャが違和感を覚えたのか、僅かに首を傾げる。


「あぁ、今は居ない。だいぶ昔にアンデリータから追い出されてる。実際はどういう一族だったか、俺も知らないんだが……十五年くらい前に、その一族がこの土地に攻め込んだ時があった。このハバース全土を巻き込むくらいの規模で本来だったら他の地方は関わらないはずだったが、こいつらを危険視した各国はアンデリータに援軍を送る事になった――それが今は〝ハバース戦争〟って呼ばれてる」


「馬鹿な……聖騎士団でもそんな話は聞いていないぞ……」

 横になってはいるが話を聞いているらしいマットは、寝転んだまま顔をしかめた。青ざめた顔のままのマットに一斬は呆れたような顔を見せる。

「だから無理すんなっての。死霊術も使うような連中の話だったからな、箝口令が敷かれてた。エルクラットでは他人に話をするだけで首が飛ぶんだよ。例え聖騎士団の中だろうとな」

「ここに居る皆は関係者だ。探すにあたり、隠しておく事は不可能だと我々は判断した……エルクラットで話すのはいつ誰かの耳に入るかは分からないからな。説明が遅くなってしまってすまない」

 一斬が話し終わると、付け足すようにリーンシアが続けてそう話した。

「なるほどねぇ……事情は分かったよ。そりゃアタシは知らない訳だ、その時は居なかったもん」

 そうアイラは納得したように返した。しかし何やら思う事があるのか、少々眉を寄せては怪訝そうな顔を見せた。

「でもさぁ、そのベリア? っていう奴が生き残りだったとして、その復讐の割にはなぁんて言うか――」


「――手口に証拠が残り過ぎてる、でしょ?」


 アイラの次の言葉を遮ったのはチェイシーだった。一斉に視線が集まった彼女の手には、銀色のナイフがこれ見よがしに握られている。それを器用に宙に投げ、一回転したナイフの柄は再びチェイシーの手へと握られた。

「最初の呪いに使った魔法具は転移魔法でどこかへ送ったのに、私に使ったナイフはそのまま。それに最初の犯行だって、ナーシャがどうしてあそこに居たのか分からないにしろ、現場の警備は手薄で証拠まで残して……一番の証拠になったのがこれね」


 そう言ったチェイシーの手からナイフが消えた瞬間、次に現れたのは人の掌ほどある、真っ赤な宝石だった。チェイシーの手の上をゆっくりと回っている宝石の色はどこか鈍く、透き通るような美しさは無い。

 だが――どこか目を惹き付けて止まないような、奇妙な感覚がミーシャの体を襲った。宝石を見続けるほど、底の見えない井戸の中を覗き込むような、そんな悪寒すら覚える。


「ナーシャの心臓から、これが出て来たのよ」

「解剖したの?」

「許可は貰ったわよ。ねぇ、リーンシア?」

「あぁ……捜査の一貫で、ブライバークに頼んだが、チェイシーにも立ち会って貰った」

「うへぇ……そっちは詳しく聞きたくないかな……それで、チェイシーちゃん。もしかして、ゴミ捨て場で見つけた破片が関係してるの? なんか、妙な気配がするんだけど、それ」

「そうね、これは<呪血塊じゅけっかい>って言うの。吸血鬼が相手を眷属にするために心臓へ埋め込む呪いの……血の塊とでも言った方がいいかしらね。人間は触らない方がいいわよ、魔素が多すぎるから変な気を起こしかねないわ」


 そう言うや否や、チェイシーの手から赤い宝石が消える。ミーシャは自分が知らぬ間に、あの宝石に目が釘付けになっている事に気が付いた。慌てて首を横に振る。そんな様子に気づいてか、気づいていないのか、一瞬ミーシャへと視線を向けた後でチェイシーは話を続けた。


「吸血鬼が関わっている証拠を、こんな大っぴらに残してるのが変なのよ。あのリングにしろ、魔法学会で研究してるのが分かったら私かブライバークの耳に入るでしょうし……嘘にしたって下手過ぎるわね」

「死体を処理したのがノグレスなら、わざと隠したって事になるけど……でもその割にチェイシーちゃんに犯人探しを頼んでるし、変だよねぇ」

「そうね……ノグレスに会わないまま逃げられたのが悔やまれるわ」

 そう言い終わって、チェイシーのどこか落胆したような表情は――静かなものから、急に目を見開き――不意に弾けるように立ち上がった。


 ミーシャ以外も何かに気が付いたかのように、マットも体を起こし、五人が警戒するかのようにドアを見つめると……それぞれが武器をいつでも抜けるように構える。


「皆さん……?」

 突然、血相を変えた五人にミーシャは驚き、咄嗟に動けなかった。


「アイラ、ミーシャを下げろ」

 困惑しているミーシャを他所に、一斬が低く言った。

「了解。ミーシャちゃん、アタシから離れちゃ駄目よ」

「えっ? は、はい……」

 アイラに促されるまま立ち上がると、庇うように後ろへと下げられる。そこで、ミーシャも漸く気が付く事が出来た。

 宿の外が騒がしく、また室内は複数人の慌ただしい足音が響き渡っている。疲弊して帰って来た、という訳ではない――何かを探しているように、あちこちに足音が散らばっては集まり……やがて、一斬達の居る方へと向かい始めた。


 ――この宿に居るを探しているのだ。


「数は?」

「七、八人だ」

 リーンシアの問いに一斬が短く答える。部屋の中に張り詰めたような空気が流れ、全員がじっと息を潜め、が来るのを待ち構える。

 やがて足音が扉の目の前で止まり、そして――ゆっくりと扉が開いた。


 真っ先に見えるその姿に、一斬達は目を見開いた。


「あぁ、なんだい――随分と殺気立ってるじゃないか」

 言葉とは裏腹に愉快そうな笑みを見せ、その女は扉を潜るように頭を下げて入って来る。六人の眼前に現れたその姿は、天井に頭が付きそうになっていて、背丈や鍛えられた肉体もあってかおよそ常人の体格とは思えなかった。


「アタシの名前はタイタニラ、お前達にちょっと話が会ってね。少し、その面を貸して貰おうか」

 そう名乗りを上げたタイタニラは六人の顔を見ると、尊大な態度で口端を上げ、笑みを浮かべて見せた。

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