第125話 巨神、大地に立つ

人魔戦争における最前線は人界側に設置されている防衛線を基点として展開されている。

攻撃力、突破力に長ける魔族への対処の為に個々の能力で劣る人族は長大な巨壁とも呼べる砦を拠点とし、投射兵器を中心とした防衛を行っていた。

一般的に攻城戦は戦力に多大な差がない限り、攻める側が不利である。

これは例え魔王軍でも変わらず、この防衛線を突破する事が出来ずにただただ戦線を長引かせていた。


それが、劇的に変化したのがこの日である。


それに最初に気づいたのは監視塔にいた一般兵であった。

彼は双眼鏡を覗いてその日もずらっと居並ぶ魔族の戦列に舌打ちをしていたが、を確認して慌てて指揮官へと報告する。


「ま、魔王です!! 魔王が最前線に出てきました!?」


双眼鏡に映ったのは魔王軍の最高指揮官である精霊王その人の姿。

監視からの報告を受けて、指揮官も慌てて外の様子を窺う。


「本当に魔王だ…何のつもりだあいつは…?」


魔王自らが戦線に加わる気なのだろうか?

いや、それはあまりにも無謀過ぎる。

下手をして討たれでもすればこの戦闘で魔王軍が瓦解しかねない。

困惑しながら魔王軍の様子を見ていた砦の兵士達の前で、精霊王は手を上げる。

その目の前に魔法陣が形成されていくのを確認し、

砦の兵士達は魔法攻撃に備えるが、それは攻撃ではなかった。


『人族諸君に告ぐ、直ちに降伏し、その砦を明け渡せ』


精霊王が展開した魔法は声を遠距離まで響かせる拡声の為の魔法だったようだが、

その荒唐無稽な要求に砦の兵士達は失笑する。


「何だあいつ、攻めあぐねておねだりにでも来たのか?」

「馬鹿かよ、勝ってる状況ではいそうですかって従うかよ」

「こりゃ、魔王軍ももうすぐ御終いか? 自慢の四天王も半分やられてんだろ?」


そんな風に精霊王の要求を突っぱねて、更に嘲り合う。


『フム、どうやらこちらの要求には応えてはくれぬようだな』


精霊王は残念そうに少しだけ俯いて首を横に振る。


『ならば、後悔して頂こう。その選択を』


砦中に響いていた精霊王の声がぷつりと途切れる。

それと同時に、砦に微かな振動が伝わっていく。


「何だ…地震か? 土属性の魔法への対処を急ぐように結界用の魔術師に伝えよ!」


それを魔王軍による土属性の魔法攻撃の先触れだと判断した指揮官は伝令に命令するも、外の様子を監視していた守備兵が唖然としているのに気づいてそちらに顔を向ける。


「どうした? 何があったか報告せよ!」


双眼鏡を覗いていた守備兵は、それを力なく落とし、指揮官へと振り返る。


!!」


守備兵は自分でも信じられないものを見たといった様子で蒼褪めながら身体を震わせて報告する。


「…何だ、何を言っている? 貸せッ!!」


要領を得ない報告に苛立った指揮官は守備兵から双眼鏡を奪い取ると、

自らそれを覗き込む。

拡大された視界に映るのは魔界側にずらっと展開している魔王軍の姿。

数は確かに膨大だが、今までと変わらず防衛出来る範囲にしか見えない。

そうして、視線を横にずらしていって、ある一点でピタリと動きが止まる。

今も砦中に微かな振動が伝わっている。

それがを指揮官も視界に捉えた。

最初、それが何なのかを指揮官は理解出来なかった。

精霊王の後方にがあった。

しかし、それは確かに動いていたのだ。

ソレが動く度に砦に微かに振動が伝わる。

この振動はあれが立てる地響きなのだ。

ソレは全長100mはあろうかという巨大な二足歩行する人型の存在だった。


「ま、まさか…アレは…お伽噺で聞いた…存在するはずは…」


目の前の光景に指揮官は譫言の様にぶつぶつと呟いている。

やがて、双眼鏡なしでも視認出来る程に傍まで来たソレに砦の中の兵士達は誰一人として声も出せずにただソレを見上げていた。


「お伽噺の…巨神…」


指揮官の呟きに合わせるかのように、巨神と呼ばれたソレの両肩が赤く輝きだす。

砦の誰もが、その赤い輝きに魅入られる様に見つめていた。

やがて、その輝きが一点に収束すると巨大な光線が放たれた。


この日、人族側の最前線拠点であった砦は崩壊。

多数の死傷者を出し、指揮官含む将校も多数が行方不明となった。


勇者歴16年(秋);魔王軍、防衛線の砦を攻略する。

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