190話―巫女たちの過去

 リリンが戻り、ジェリドとラスカーを含めアゼルの仲間が全員集まった。それを確認すると、封印の巫女はケモノたちの正体を明かした。


「あのケモノたちの正体……それは、魔導都市メリトヘリヴンに住んでいた者たちの成れの果てだ」


「メリトヘリヴン?」


 フェルゼの言葉に、アゼルは疑問を呈する。そんな街の名前など、聞いたことがなかったからだ。アゼルのほっぺをつまみつつ、フェルゼは続きを話す。


「それはそうだ。私とリリンの二人で、メリトヘリヴンに関する資料を全て焼いたから。今の世では、ごく一部の者しか知らぬだろう」


「なに? 何故そのようなことをした? ……どうやら、私が地底に潜った後で何かがあったようだな」


「その通りです、ジェリド王よ。凍骨の炎片を守るため、あなたが姿を消したあと……エルダ様は、ある実験をしていました」


「実験、とな?」


 ジェリドの言葉にフェルゼは頷き、リリンは静かにうつむく。二人とも、後悔に満ちた悲しい表情を浮かべていた。


 二人の様子から、アゼルはなんとなく察する。メリトヘリヴンに関する情報の全てを棄てなければならないほどの、が起きたのだと。


「……ギャリオン王より縛姫の炎片を託された後、エルダ様は悩んでいた。分割された炎片は、弱い種火のようなもの。ふとしたことで消えてしまうのではないかと」


「ある日、あの方は思い付いた。炎片を育て、分割される前のように……大きく暖かな炎にすればいいのだ、とな」


 フェルゼとリリンは、かつての出来事を交互に話して聞かせる。炎片を託された者は皆、それぞれの方法で守ろうとしたのだろう。


 だが……。


「当然、私やリリン、姉弟子たちもエルダ様の研究を手伝った。一月ほど経ち、ついに研究が最終段階まで進んだ。……だがな、最後の最後で、全てが無へと帰した」


「おいおい、何があったってんだよ。そんなおっかねえ顔してよ」


 身体を震わせ、表情を歪めながらフェルゼは声を絞り出す。あまりの悲痛さに、アゼルは無意識に彼女の手を握っていた。


「我々は、炎を育てるための油……『メリヴの聖油』を作り出し炎片に注いだ。より大きく、暖かな炎が生まれると期待して」


「だが、今にして思えば……女神の血より生まれたものに手を加えたこと自体、間違いだったのだろうな。聖油を注がれた炎片は、予想より激しく燃え出したんだ」


「それで、どうなったんですか……?」


 アゼルがおそるおそる問うと、フェルゼは答える。目尻に涙を浮かべながら。


「暴走した炎は、最初に姉弟子たちを呑み込んだ。そして、私たち封印の巫女が持つ鎖の魔力を取り込み……鎖のケモノを産む、苗床となった」


「私と姉さん、そしてエルダ様はかろうじて難を逃れた。だが、鎖の苗床は己の根たる鎖を研究所の外へ伸ばし……メリトヘリヴン全域を、鉢としたのさ」


「今でも覚えている。炎に呑まれていく姉弟子たちの悲痛な声を。抱いた希望が、絶望へと変わったあの表情を、全て」


 リリンとフェルゼの目から、涙がこぼれ落ちる。彼女らの無念は、苦しみは、とても大きく……深い。アゼルたちは、何も言えなかった。


「街全域が苗床のテリトリーとなった以上、脱出しなければ取り込まれケモノに変えられてしまう。だから、エルダ様は私たちを逃がすことを選んだ」


「いつの日か、私と姉さんが鎖の苗床を倒し、全てを元通りにする方法を見つけてくると信じて……あのお方は、大量の海水を転送して自分ごと街を水底に……沈め……う、ううう……」


 かつての苦しみを思い出し、リリンは耐えきれなくなり嗚咽を漏らす。あまりにも壮絶な過去を知り、アゼルたちの目にも涙が浮かぶ。


「……なんと無情な。そんなことが起きていたとは」


「酷い話じゃ。ほんに、むごいものよ。二人とも、辛かったろうに」


 ジェリドとメリムルは、そう口にする。アゼルは片手を伸ばし、近くにいたリリンの手を握り締める。


「……ごめんなさい、そんなつらい話をさせてしまって。大切な人を失う悲しみは……ぼくも、分かります」


「そうだったな。アゼルも両親を……っと、湿っぽい話はもう終わりにしよう。姉さん、ここからは」


「ああ。明るい話題に移ろう。千年前、無念のうちにメリトヘリヴンは水底に沈んだわけだが。当然、私たちが何もしないわけがない」


 涙を拭い、フェルゼは空いている方の手でローブの内ポケットをまさぐる。そして、古ぼけた小さな白い袋を取り出した。


「それはなんですの?」


「これか。これはな、千年の時をかけて作り出した聖油の浄化剤さ。鎖の苗床の本体は、我々が作り出した聖油だ」


 アンジェリカに問われ、フェルゼはそう答える。永い月日をかけて、彼女は愛しい仲間たちを救うための手段を見つけたのだ。


 袋を握り締め、彼女はさらに話を続ける。少しずつだが、希望が見え始めていた。


「暴走の元たる聖油を除去すれば、苗床は力を失い消滅するだろう。だが、一つ問題があってな」


「問題ってのはなんだ?」


 と思われた矢先、フェルゼは困ったようにため息をつく。カイルが問いかけると、今度はリリンが口を開いた。


「当時のメリトヘリヴンの住民は皆、多種多様なケモノに変えられてしまった。封印を解けば、奴らを封じ込めていた海水は消える」


「なるほど。ケモノたちが活動を再開する、と」


「そういうわけだ、えーと」


「ラスカーと申します、お嬢さん」


 まだ名前も教えていなかったことに気付き、ラスカーはリリンとフェルゼに名を伝える。うんうん頷きながら、リリンは続きを話す。


「そう、そうだラスカー。いくらなんでも、私と姉さんだけでは苗床の元にたどり着けん。そこで、切り札を用意した。アゼルだ」


「え!? ぼ、ぼくですか!?」


「そうだ。凍骨の炎片を継いだのだろう? 私たちの元に、導きのベルの音が聞こえたぞ」


「ええ、確かに炎片はぼくが継承しましたけど……」


 アゼルの言葉に、姉妹は顔をほころばせる。彼女らの思い描くプランが、より現実味を帯びてきたのだ。


 フェルゼは袋をしまい、空いた手でアゼルの頭を撫でる。それはそれは、とても嬉しそうに。


「そうか、そうか! やはり、あの音は幻聴ではなかったのだな! なら、いよいよ計画を始動させられるな!」


「アゼル、あのケモノたちは普通に倒しても復活してしまう。力の根源である鎖の苗床が健在だからな。だが、一つだけ……ケモノどもを滅ぼす方法がある」


「え? そうなんですか?」


「ああ。生命の炎の影響を強く受けた者であれば、ケモノの中に流れる縛姫の炎片の力を打ち消せる。つまり、ケモノを殺せる」


 リリンはそう言うと、人差し指を立てる。魔力を流すと、小さな炎が揺らめいた。


「私や姉さんも、炎片が暴走した時に強い影響を受けた。だからこそ、今回あのケモノどもを殺せたというわけだ」


「おい、ちょっと待て。そうなるとだ、オレたちは……」


「ああ。残念だが、今回は同行させられん。炎の影響下にない者を連れて行っても、いたずらに犠牲を増やすだけだからな」


 既にジェリドは一線を退き、カイルやシャスティ、アンジェリカは炎の影響を受けていない。メリトヘリヴンへ行っても、出来ることは少ないだろう。


 彼らにとっては悔しいことだが、今回ばかりは共に行動することは出来ない。里でアゼルたちの帰りを待つことになる。


「クソッ、やるせねえモンだな。リリンたちの手助け一つ出来やしねえなんてよ」


「その気持ちだけでいいんだ、シャスティ。その思いだけで、私たちは立ち上がれる。絆とは、そういうものだ。ありがとうな」


「へっ、よせやい。おめーがそういうこと言うと、背中がムズ痒くならぁ」


 共に行けないことを悔しがるシャスティに、リリンは礼を述べる。とにもかくにも、これで今後すべきことは決まった。


「アゼル。悪いが明日にはここを経ちたい。今回解き放たれたケモノは全て滅したが、またどこぞの愚物がやらかさん保証はないからな」


「分かりました。すぐに支度をしますね」


「そうしてくれると助かる。……ああ、そうだ。先ほどの戦いの時に、この里に結界をかけた。万が一またケモノどもが襲ってきても、中には入れないようにしてある」


「おお、気遣い感謝する。これで、わしも安心して里の復興に尽力出来るわ」


 フェルゼの一声により、目標は決まった。メリトヘリヴンへ向けて、アゼルの新たな旅が始まる。

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