170話―斬骸鬼ジュデン

「あなたが、試練の……!」


「その通り。ふむ、ちょうどいい。ここは広い、存分に試合しあえよう」


 ジュデンはそう呟くと、広場の中央に大きなドーム状の結界を張り巡らせる。その最中、一瞬にしてアゼルたちの居場所が入れ替わった。


 ドームの中に、アゼルとジュデンの二人だけがいる状態が作り出されたのだ。一対一の戦いをするため、シャスティたちは邪魔にならないよう外に出された。


「これは……」


「我が試練は一対一サシでの戦い。お主自身の力を見極めさせてもらう。無論、スケルトンに頼ることも出来ぬ」


「なるほど、分かりました。そういうことなら……全力で、お相手させていただきます! チェンジ、剣骸装ブレイダーモード!」


「来るがよい。ジェリド様の末裔よ、その力を儂にとくと見せてみよ!」


 覇骸装を変化させ、アゼルは素早くジュデンへ接近していく。両腕のブレードを用い、まずは小手調べとして斬撃を叩き込もうとする。


 一方のジュデンは、得物を振るう素振りを見せず防御に徹していた。アゼルの放つ連続攻撃を、鎧の頑強さのみで強引に耐えている。


「なんだ、あのガイコツ野郎何もしねえぞ。アゼルに押されまくってるじゃねえか」


「いや、違う。奴は待っているのさ。アゼルが隙を見せるのを。ご覧よ、よく見れば反撃の機会を窺っているのが分かる」


 拍子抜けするシャスティの横で、アーシアは険しい表情を浮かべながらそう指摘する。実際に、ジュデンは虎視眈々と狙っていたのだ。


 攻め過ぎたアゼルが隙を見せるその時を。


「よし、このまま一気に!」


「させぬ。見えた、ここだ!」


「わ……おっと! 戦技、バックスラッシュ!」


 一瞬の隙を突き、ジュデンは猛スピードで下から斜め上に向かって斬首刀を振り抜く。そのままアゼルに直撃する……かと思われたが、急停止しつつ素早く後ろへ下がり難を逃れた。


「避けたか。咄嗟にここまで動けるとは、なかなか素晴らしい運動神経をしておるな」


「どうもありがとうございます。まあ、今回はたまたま上手くいっただけですよ。何かを狙ってるのが見えてましたからね。次も上手くいくかは、ちょっと怪しいですけど」


「謙虚なものだ。もっと誇れ、末裔よ。かつてのラ・グーの軍団の連中で、今の一撃を避けられた者は誰もおらんからな」


 紙一重で攻撃を避けたアゼルを、ジュデンは誉める。薄皮一枚での回避であり、覇骸装の表面にはうっすらと傷が付いていた。


 あと少し反応が遅れれば、鎧ごとアゼルの身体が切り裂かれていただろう。相手の技量の一端を垣間見たアゼルは、冷や汗を垂らす。


「では、次は……儂が攻め込ませてもらおうか! 戦技、疾風閃連斬!」


「! 早い……! でも、スピードなら負けませんよ!」


 そう口にした直後、ジュデンは居合の体勢を取る。そして、目にも止まらぬ速度で結界の中を縦横無尽に駆け巡りアゼルに攻撃を叩き込む。


 覇骸装を変えている暇はないと判断したアゼルは、剣骸装ブレイダーモードのまま迎撃することを決めた。幸いにも、この形態は速さに優れている。


 相手の攻撃に反応さえ出来れば、回避することは容易い。


「ぬぅん!」


「てやっ!」


 四方八方から飛びかかってくるジュデンを、アゼルは踊るような体捌きで避けていく。あまりにも相手が速すぎるため、いちいち目視している暇はない。


 前方以外からの攻撃は、ジュデンの気配の遠近と己の感覚のみを頼りに避ける。そうでなければ、あっという間に切り刻まれてしまうだろう。


「わー、どっちもはやーい。全然目がおっつかないや」


「すげえな、あのスケルトンもアゼルも。よくあのスピードでやりあえるな」


 一応は神であるメレェーナの動体視力をもってしても、二人の動きを捉えるのは難しいようだ。もはや二人が何をしているのかも分からず、カイルはそう呟く。


「素晴らしい、実に素晴らしいぞ! 千年前のいくさでも、ここまで儂の攻撃を捌ける者はおらなんだ。クハハ、長生きはするものだな! ……ああ、儂はもう死んどるわ」


「お褒めにあずかり……っと、光栄、ですね。ジェリド様の側近にそう言ってもらえると……自信がつきます! てやぁっ!」


 互いの振るう剣が、相手の鎧に傷を付けていく。ジュデンの鎧も、アゼルの覇骸装も、見る間に刀傷が増える。永遠に続くかと思われた攻防だったが、徐々に終わりが見えてきた。


 スケルトンになったとはいえ、寄る年波には勝てないのかジュデンが息切れし始めたのだ。疲労で動きが鈍ってきたことを察したジュデンは、すぐさま戦法を切り替える。


「ふむ……ここは一度、スタミナを回復するとしようか。戦技、大上段唐竹砕き!」


「えっ……うわっ!」


 突如急ブレーキをかけ、ジュデンはアゼルの目の前で止まった。あまりにも唐突な動きに驚き、対応が遅れたアゼルはモロに攻撃を食らい吹き飛ばされてしまう。


 咄嗟に両腕をクロスさせて防御することは出来たものの、代償にブレードが折れてしまった。しばらくの間は、剣骸装剣骸装モードでの戦闘は出来ない。


「ふう、久々に派手に動くと骨に堪えるわい。だが、心躍る戦いを味わえるとあれば悪くはない」


「言ってくれますね……なら、もっと味わわせてあげますよ! チェンジ、重骸装フォートレスモード! 出でよ、ヘイルブリンガー!」


 アゼルをダウンさせ、復帰するまでにスタミナを回復させようとするジュデン。よろめきながれ立ち上がったアゼルは、覇骸装を変化させ重装備になる。


 機動力は失うものの、鎧の頑丈さは剣骸装ブレイダーモードの比ではない。重い斬首刀による攻撃でも、そう簡単には砕くことは不可能だ。


「おお、懐かしい。かつてのいくさでも、ジェリド様がそのお姿で敵の群れを薙ぎ払っておったのう。今でも、あの勇姿を思い出すわい」


「そうだったんですね、ジェリド様も……。なら、ご先祖様に恥じない戦いをしなければなりませんね。さあ、いきますよジュデンさん!」


「来るがよい、アゼル。お主の力、その全てを振るい儂を打ち倒してみせぃ! 戦技、鉄杭突断牙!」


「戦技、ブリザードブレイド!」


 スタミナを回復し終えたジュデンは、再び居合の構えを取る。アゼルも相手の真似をし、ヘイルブリンガーを構え……両者共に、ぶつかり合った。



◇――――――――――――――――――◇



「……アゼル、大丈夫かなぁ。アーシア様、上手くサポート出来てるといいけど……」


 アゼルとジュデンが激闘を繰り広げている頃、一人置いてけぼりになったリジールは迷宮の入り口の側に座りぼけーっとしていた。


「ここにいましたか、探す手間が省けましたね。では、死になさい」


「!? うひゃっ!?」


 暇潰しに花占いでもしようかと考えていたところに、殺意に満ちた声が聞こえてくる。間一髪、リジールは転がってその場を離れた。


 その直後、彼女が座っていた岩を鉄塊が砕く。何が起こったのか分からず、混乱しているリジールが後ろを振り向くと……そこには、ディアナがいた。


「あ、あああ、あんたは……」


「お久しぶりですね、ウジ虫。あれだけ痛め付けておいたのに、またしても我々の前に姿を見せるとは。その厚顔無恥っぷり、ある意味凄いものですね」


 得物の上に片足を乗せ、殺意と敵意に満ちた視線を投げ掛けながらディアナはそう口にする。かつてのトラウマがよみがえり、リジールの身体を激しい震えが襲う。


 あまりの恐ろしさに、思わず吐いてしまいそうになるもリジールは何とか堪える。ここまで来て、無様な姿を晒すことは出来ない。そう考えたのだ。


「あ、あたしは」


「何もかも言う必要はない。何故お前がアゼル様と共にいるのかなど、知るつもりもありませんから。私がお前に求めるものは一つ。惨たらしく、苦しみに満ちた死を迎えることだけだ」


「それは……それは、出来ない。あたしは、あの時の罪を償うって決めた。アゼルに罪滅ぼしするって! だから、まだ死ねない!」


「面白いことを言う。では、試してあげましょう。お前の言葉がただの戯れ言なのか。それとも、本心からのものなのかを」


 リジールを冷笑しつつ、ディアナは足をどけ得物を振り上げ肩に担ぐ。アゼルだけでなく、リジールにも乗り越えねばならない試練が襲いかかった。

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