158話―闇霊『渇きの爪』ゼリゴル

「貴様……その姿、暗域に住まう魔物か? どこでその力を身に付けた、貴様」


「教えない……! 教えても、お前には使えない。アゼルにはもう手出しさせない。あたしが……焼き尽くしてやる!」


 魔物へと姿を変えたリジールは、背中から炎を噴出させながら唸り声をあげる。かつて刻まれた恐怖を乗り越え、アゼルを守るため戦う決意を固めたのだ。


「焼き尽楠だと? ハッ、強がりを。図体こそ大きくなったが、恐怖で震えているではないか。暗域の魔物とはいえ、所詮中身は人間。恐るるに足らぬわ!」


 嘲り笑いながら、ゼリゴルは闇の中を滑るように移動する。相手の背後に回り込み、アゼルから先に始末しようと目論んだのだが……その時、リジールが予想外の行動に出た。


「アゼルには……ぜ、絶対指一本触れさせない!」


「へ? わあっ!?」


 なんと、リジールは舌を伸ばして自分の口の中にアゼルを収納してしまった。実は、メタルサラマンダーの口内には餌を貯めるための頬袋がある。


 そこは熱や衝撃に対して非常に強いため、アゼルの安全を確保するのに都合がいいのだ。とはいえ、知識がないアゼルとゼリゴルには、突拍子もない行動に感じられた。


「わわわっ! だ、出してください~! 暗くてぬめぬめしてて嫌です~!」


「ワッハハハハハ!! なんだあいつ、自分で食っちまいやがった! こいつは傑作だな、それじゃ……さっさとカタを着けさせてもらおうか! デッドリー・クロウ!」


 頬を膨らませてもごもごしているリジールに、ゼリゴルは爪を振り下ろす。が、鋼鉄をも上回る強度を誇る表皮によって弾かれてしまいダメージを与えられない。


「ちょ、ちょっとだけ我慢してて……。すぐ出してあげるから」


「……分かりました。我慢します……」


 リジールはリジールで、軽いパニックに陥ったアゼルを宥めすかすのに必死で攻撃を食らったことにすら気が付いていないようだ。むしろ、無意識にしっぽを振ってゼリゴルを攻撃している。


「ぬおっ、あぶねっ! チッ、後ろに回り込んだのは失敗だったか……しっぽがうざってぇな!」


「あ……いつの間に後ろに。それじゃ……えいっ!」


 思わず声を漏らした結果、リジールに後ろに回り込んでいるのがバレたようだ。方向転換してる間に逃げられると考えたのか、リジールはしっぽをぶん回す。


 丸太のように太いしっぽが縦に横に振り回され、ゼリゴルに襲いかかる。今度は意識して攻撃をしているため、表面に燃え盛る炎が宿っていた。


「くっ……ぐぅっ! 面倒な!」


「えいっ、えいっ、えいっ! 早く、早く……早く死んでぇぇぇぇぇ!!!」


 これはかなわんと、ゼリゴルはたまらず闇の中に後退した。一方、リジールは顔の前に炎のベールを作り出して前方からの奇襲を防ぐ。


 前は炎のベール、後ろは乱舞するしっぽ。トラウマがよみがえってきたのか若干半狂乱になってはいたが、リジールは隙のない守りを展開していた。


「さて、これはどう攻めたものか……。この闇の領域も長くは展開してられねぇ。早いとこケリつけねぇと俺まで呑まれちまう。だが、どっから切り崩したもんかね……」


 ゼリゴルにとっても、この闇は無害ではない。むしろ、魂を守る肉体から離れている以上、より早く侵食されることとなる。この闇を防げるのは、暗域の魔物に変身しているリジールだけ。


 感覚の麻痺により異常を感じ取れていないだけで、ゼリゴルも消耗しているのだ。


「……見つけた、腹だ。奴の腹を真下からブチ破ってやる。クククク、どんな悲鳴をあげるのか楽しみだ!」


 しばしリジールを観察していたゼリゴルは、比較的守りが薄そうな腹から攻めることにしたようだ。闇の中を自由自在に移動して、リジールの真下に位置取る。


「死ね、魔物女! ドリル・クロウ……ぐあっ!?」


「? お腹に何か当たったかな……あ、いた。ふんっ!」


 渾身の一撃が放たれ、リジールの腹を貫く……と思われたが、ゼリゴルの予想よりも遥かに腹の皮膚が固かった。と言うより、分厚い装甲に覆われていた。


 リジールが変身しているメタルサラマンダーは、地中に住まう魔物を天敵としている。そのため、地中からの奇襲を防ぐために腹の皮膚が鎧のように変化しているのだ。


「ぐっ……があああ!!」


「集中、集中……落ち着いて、相手の居場所を探して……一撃で、殺す」


 ボディプレスで返り討ちにあったゼリゴルは、またしても撤退を余儀なくされた。自慢の爪にもヒビが入り、強度が著しく下がっている。


 対して、リジールはどうにか心を落ち着かせ敵の探索に精神を集中させる。出来る限り早く決着を着けねば、口内に保護しているアゼルの身がもたない。


「サーチフレア、展開……相手の、魂の温度を探れば……大丈夫、必ず見つかる……」


 リジールは全身から六つの細い炎をチロチロと吹き出し、くねらせ始める。くゆる炎を用いて、ゼリゴルの居場所を探っているのだ。


「アゼル、もう少しだけ我慢してね。すぐに戦いを終わらせるから……」


「分かりました……。うう、全身べとべとです……」


 そんな会話をしている間に、炎のセンサーの一つがゼリゴルを捉えた。遥か後方に陣取り、ヒビ割れた爪を再生させているようだ。


「見つけた……! アゼル、走るよ!」


「へ? わ、わわっ!」


 巨体を感じさせない素早い動作で身体を反転させ、リジールは音もなく走っていく。ゼリゴルという獲物を追い詰め、仕留めるために。


「ったく、ムカつく相手だ。渇きの呪いも爪も効きゃしねえとはな。クソッ、こんなのが加わってるだなんて聞いてねえぞ。ゾダンめ、適当言いやがっ……うおっ!?」


「外した……もっかい!」


 ブツブツ文句を言っていたゼリゴルは、すぐ目の前まで接近を許していたことに気付き慌てて回避する。振り下ろした前足をギリギリで避けられるも、リジールは即座に追撃を放つ。


 ゼリゴルに向かってジャンプして飛びかかりつつ、炎を纏った爪を叩き込んだ。二度目は避けきれず、必殺の一撃がゼリゴルにクリーンヒットする。


「ぐうあああ!! このクソトカゲが……! よくもやりやがったな!」


「黙って。お願いだから黙って死んで。これ以上生きないで! ノーズブレス・ファイア!」


「てめ……ぎゃあああ!!」


 反撃しようと突っ込んできたゼリゴルに、リジールはとんでもない攻撃を放つ。鼻の穴を広げ、火炎放射をぶっぱなしたのだ。


 そんな攻撃が来るなどとは想像もしていなかったゼリゴルは、避ける余地すらなく全身をこんがりと焼かれてしまう。もはや戦闘など出来るわけもなく、ついに倒れることとなった。


「ク、ソが……。簡単な、任務のはずだったのによ……。ガキどもをぶっ殺すだけのよぉ……」


「リジールさん、ちょっと口開けてもらっていいですか? そうそう、それくらいで……。そこの闇霊ダークレイス、最後に答えなさい。何故今さら、ぼくたちを狙った?」


 もはや霊体を維持出来ず、少しずつ消えていくゼリゴル。アゼルはひょこっとリジールの口から顔を出し、問いを投げ掛ける。


「知りてぇか? だが……教えねえ、よ。今さらも何もねぇ。俺たちの目的は……ただ、一つ。霊体派以外の……すべての、命を……抹殺す……ぐ、がああああ!!」


「これは……まさか、誰かが……わあっ!?」


 その時、ゼリゴルが激しくもがき苦しみ始めた。何者かが、彼の本体を破壊したのだろう。己の存在を維持することが不可能となり、霧のように消滅した。


 それと同時に、アゼルたちを閉じ込めていた闇もまた消滅していく。外の世界へと、二人は弾き飛ばされ……そのまま、意識を失ってしまった。



◇――――――――――――――――――◇



「そろそろいい頃合いだと思ったが……うん、ピッタリだ。リジールあの娘もちゃんと役目を果たせたし、後始末くらいはしてあげないとね」


 闇の領域の外、夜の森の一角。木のうろの中に隠されたゼリゴルの本体を、アーシアが始末していた。方法は不明だが、リジールたちの動向をチェックしていたらしい。


 リジールが満足いく結果を出したようで、アゼルたちの代わりにゼリゴルにトドメを刺してくれたようだ。


「……嫌なものだね。肉体と魂を分離させる魔法なんて。余計な連中がしゃしゃり出てきたものだ、全く」


 ラ・グーだけでなく、霊体派のネクロマンサーたちも再び敵に回った。かつてのように……手を組み、アゼルたちの前に立ちはだかろうとしている。

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